2018.8.9(木)
第61回 「批判的傾聴」(2018年8月9日)
時事問題がわかる BURNING MIND主席講師・井上晋の『賛否両論のための基礎知識』 第60回
猛暑の最中、またも不祥事のニュースが舞い込んできました。
文部省幹部の子息を裏口入学させた東京医科大で今度は、入学試験で意図的に女子学生の点数を減点し、女子の合格者数を抑えていたと言います。
入学を目指し真剣に取り組んできた女子受験生は本当に堪らない気持と思います。
東芝、神戸製鋼、日産といった企業の不祥事から今回の教育機関での不祥事まで、すべてが組織ぐるみと言えます。
なぜこのような不祥事が起きるのか。
評論家の山本七平(1991年死没)は、その「空気の研究」(1977)の中で、
「(我々日本人は)対象を臨在感的に把握してこれを絶対化し「言必信、行必果」なるものを純粋な立派な人間、対象を相対化するものを不純な人間とみるのである。」と述べています。
少しわかりづらい文章なので、私なりに解説します。
山本七平のいう「臨在感的」とは「実際に見たり確認したりしたものでないものを、(報道などから)さもそこにあって自分が見たことであるようにとらえること」ぐらいの意味です。
つまり、「日本人は、報道されていることをそのまま鵜呑みにして絶対的に正しいものとしてとらえ、「絶対に正しい、即実行!」というお調子者を立派な人間とし、やや一歩下がって冷静な意見を言う人をダメな人間してしまう。」ということです。
例えば、3.11の原発事故の直後に、放射能の危険性に関する報道がどんどんなされる中、「放射能悪、原発悪」を絶対としてそれを伝える人は良い人で、「基準値があって基準値以下であれば有用なものでもある」というような、相対的な(複眼的な)意見を言う人を悪とすると言った例です。
当時、具体的な数値を上げて相対的な意見を言っていた研究者たちを、「原子力ムラの住人」として臨在感的にとらえ、一括りにし彼らの存在を絶対化し、悪としていた風潮があったことを思い出します。
それほど、一つの風が吹くと、一方向に流れてしまい、相対的な視点を提示することが出来なくなる社会であることを山本はこの本で伝えています。
この前提をふまえれば、不祥事が止まらなくなる理由はよくわかります。
「どんなことがあっても売上げを達成させることが、絶対的な善」となってしまった場合、それを「(粉飾してでも)必ずやります」と言い切る人が善であり、「そんなバカなこと止めて、そもそもの計画を見直そうよ。」という人は組織の中で悪人として葬り去られることになります。
組織の中である空気が支配的になったとき、それと異なる意見を述べることは、私たちの社会・組織では「水を差す」として忌み嫌われます。
もしくは、「空気が読めない人」と相手にされません。
前回のコラムでは、「引き算の思考によるコンプライアンスは無駄」ということを書きましたが、一方で東証や投資家が期待しているのは、コンプライアンスという「タガ」があることで少しでも「水を差す」行為を起こしてほしいということなのかと考えました。
コンプライアンスとかガバナンスとかは、ルールをがんじがらめにすることを狙っているのではなく、社会人として社会的組織として倫理的に正しい行いをすることと、複数の目によるチェック(相対化)をすることを奨励しています。
何かを絶対としてしまうことはある意味潔く見えるのですが、思考停止している状態とも言えます。
ここまで書いてふと、BURNING MINDのHPを調べてみて、見つけました。
「批判的傾聴」
肯定側の立論への否定側のスタンスとして、
次の5つが、批判的傾聴として挙げられています。
①肯定側の現状分析は?
②肯定側の問題点は重大なものか?
③肯定側のプランで問題解決はするか?
④肯定側のプランは実行可能か?
⑤肯定側のプランを実行すると、本当にメリットは発生するのか?
改めて、なるほどと思います。
空気に流されない第一歩は、この5つ質問からスタートします。
思考停止によるゆでガエルになる前に批判的傾聴力は身に付けたいものです。
最後に、山本氏の論に私なりの考察も付け加えます。
多くの社会人の場合、完全に空気に流されている人は少ないと思います。
例えば、企業で不祥事を実際にやっている人が、会社以外でも「目的の為なら手段は選ばない!」として生活しているかというとそうではないはずです。
組織内からの有言、無言のプレッシャーから文書の改竄を余儀なくされる人も、家ではよき父親だったりというのが当たり前のように思います。
所属する組織ごとの空気で行動基準を変えざるを得ない人、会社の私、家の私、近所の私を使い分けないといけない人は、ものすごい自己疎外感に見舞われ強く生きる力を失ってしまいます。
いきいきと生きていくためにも、流されない力が必要です。
皆さんはどう思いますか。
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