1.ディベートとは
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(a)ディベートの定義
ディベートとは「あるテーマに関して、対抗する2組が論理的にオーディエンス(観客)を説得するために議論すること」です。
ディベートは単なる議論ではなく、あくまで観ている第三者の支持を、対抗する2組のうちのどちらが得られるかを目的とした議論のことを言います。
また太字の「論理的に」という部分は、言い換えれば「一定のルールに従って行われる」ということです。つまりディベートは、「ルールのある議論・討論」なのです。
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(b)ネオ・ディベートとは
私たちNPO法人BURNING MINDは、在籍した社員が現在・過去を問わず、実社会で本業を持ちながら、ディベートの可能性を模索、研究、実践している特定非営利活動法人です。
私たちは実社会で様々な経験を重ねてきたからこそ、先に書いた従来のディベートでは他者や周りを真に説得できないことを痛感しました。それは人間が感情によって大きく支配される生き物だからであり、論理だけでは十分ではないからです。そのため、私たちBURNING MINDでは、新しいディベートのあり方(ネオ・ディベート)を提唱し、次のように定義しています。
「あるテーマに関して、対抗する2組が論理・感情・人間的魅力すべてを駆使して、オーディエンス(聴衆)を説得するために議論すること」
アリストテレスは、人を説得するには3つの要素が必要であると言っています。それらは、ロゴス(論理)・パトス(感情)・エートス(人間的魅力)の3要素です。
BURNING MIND社員全員が肌感覚を通して、そして彼のアリストテレスが説く理論を加味した、私たちが提案するディベートのこれからが、上記にあるネオ・ディベートの定義です。 -
(c)説得力とは
説得というと、こちらの主張や意向を相手に強引に押し付けるイメージを持っている人が多いと思います。ただ説得は決してネガティブな行為ではありません。
説得とは、自分の目指す方向に相手が向かうよう上手に説明をして、相手を納得させることです。そのためには、筋道を立てて分かりやすく(つまり論理的に)話すことが必要です。
もっと厳密に定義すると、説得とは「何らかの影響力を行使し、他者の意見、態度、あるいは行動を、こちらの意図する方向に変えるコミュニケーション行為」といえます。ここで大事なキーワードは「影響力」です。
影響力とは、他者が何らかの態度や行動を取るように働きかける力のことです。例えばあなたが取引先に、パンフレットや広告を見せて商品を説明するような、自分のメッセージを相手に伝える言動・立ち居振る舞い全てが、相手に影響を与えようとする力の働きかけといえます。
つまり「説得力とは影響力の行使である」と理解してください。説得という行為が「影響力の行使」そのものだということが分かれば、後は「影響力をどう使うか」を考えればよいのです。私たちBURNING MINDでは、従来のディベートの定義である「論理的に説得する」という枠組みだけでは、影響力そのものは限定的にしか身に付けることができないと考えています。影響力を自分のものにし、より自分の影響力を大きくするためには、ネオ・ディベートの定義にある「論理・感情・人間的魅力すべて」を磨かねばならないと私たちは考えています。
あなたの影響力を磨くために、ディベートの枠を超えたネオ・ディベートの門戸をたたいてください。
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(d)ビジネス・日常生活に役立つディベート技術
ディベートはよく「相手を言い負かす術」「言い合いのための道具」などといわれます。しかし、そのような術や道具だとしたら、勉強する必要はないと私たちは考えます。というのも、それだけでビジネスで成果をあげたり、プライベートも含めた日常生活でよりよい人生を送るなどできっこないからです。相手を言い負かし、論破する。それは、あなたの自己満足にしかなりません。言い負かされた人、論破された人々は、あなたに恨み・つらみ・妬み・嫉み(そねみ)を間違いなく抱きます。それが人情というものです。
1)-(a)でも書きましたが、ディベートは「一定のルールに従って」行われます。つまり、「ルールのある議論・討論」だということです。これらルールの数々が日常生活やビジネスシーンで大いに活用できます。その詳細はのちほど書いていきます。改めて、ディベートの定義に立ち返ってみましょう。「あるテーマに関して、対抗する2組が論理的にオーディエンス(観客)を説得するために議論すること」。先ほど太字にしたところとは違う箇所を強調してみました。「対抗する2組が」という部分です。これは「相手あって」という言葉に置き換えることができます。ビジネスも人生も、自分一人では何もできません。「相手あって」、まわりの人々がいてこそ、社会は動いていきます。人と協調せずして、物事は回っていかないものです。
いわば他者のことを考える「他者意識・他者視点」を常に考えなければならないことが、ディベートが日常生活やビジネスの現場でも使える最大のストロングポイントであると私たちは考えています。そこで具体的に、ディベートがどういう場面で役立つかをビジネスと日常生活の両面から列挙します。
■主にビジネスシーンにおいて
- 会議
- 報告をする、報告を受ける
- 問題発見/問題解決
- 判断する
- クレーム処理
- 交渉
- 勧誘
- 決断を迫られる場面
■主に日常生活(プライベート)において…ここで取り上げる場面はとりわけネオ・ディベートを学ぶことで得られる効果であると私たちは考えています。
- 宴席や日常会話⇒これらの場面で、あなたの好感を高めることができる(人気者になれる/人脈が拡がる)
というのも、相手の立場に立てるからこそ、他者への気配りができるから。その結果、コミュニケーションの原点である他人への興味が深まる。 - 会話自体の内容に深みが増す。
⇒ディベートの論題(テーマ)を追究することで、国内外を問わず、政治/経済/文化/エンターテインメント(芸能・古典・音楽)の知識、素養、視野(見方)が身につくから。その結果、あなたの教養が深まり、多面的にものをみる力を養うことができる。
2.テーマ(議題)について
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(a)論題に関するディベートのルールとは
ディベートのトピックやテーマのことを「論題」といいます。そして、ディベートのルールには、「論題はディベータブル(論争可能なもの)かつトピカル(話題性があるもの)でなければならない」とあります。
- 日本国憲法を改正すべきか否か?
- 日本は積極的安楽死を認めるべきか否か?
これらのような時事問題、とりわけ国会で行われるような議論は、まさしくディベートそのものです。
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(b)毎日がディベートの連続
しかし、そのような大きな問題に限らず、あなたの日常生活でも、毎日ディベートが繰り広げられていると思います。
- 私は、朝5時に起きるべきか否か?
- 私は、車を購入すべきか否か?
- 私は、あの人と離婚すべきか否か?
- 私は、起業すべきか否か?
これらの論題をみてもわかるように、私たちの日常は、ディベートの連続です。それゆえ、私たちは多くの方々にディベートを学んでもらいたいと考えています。ディベートは、特定の人々だけが学べばよいツールではありません。
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(c)推定論題とは
これから論題のタイプについて説明します。論題には、おおまかに分けて次のような3つのタイプが存在します。
まず推定論題とは、論理的に考えてありえるのではないか(ありえたのではないか)と推定されるものを論題にすることです。
具体的にいえば、「アメリカのシリア政策は失敗である」「小学校でのディベートは教育効果がない」というような論題です。また、「たばこは人体に有害である」といった、たばこと人体との間の因果関係をめぐる医学的アプローチをする推定論題もあります。 -
(d)価値論題とは
価値論題とは、ある価値と他の異なる価値とを対比させ、比較する論題です。
たとえば「人を判断するのは見かけか、心(内面)か」。
この論題は、人をどこで判断するかがポイントとなります。人の顔かたちはそれぞれで、性格も異なります。
人を判断する際に、外面である見かけを重視するのか、内面である心を重視するのかは人によって違います。
見かけは目に見えるもの、内面は見かけのように一目瞭然ではない点も大きな違いでしょう。とはいえ、内面はその人の言葉や行動など、一挙手一投足を観察すれば、みえるものでもあります。
この論題は、他人に対するその人の、人物観察眼の判断基準(価値観)をあらわにさせるテーマともいえます。
他には、以下のようなものも価値論題です。- 俗にいわれている勝ち組は、負け組に比べて素晴らしい。
- 競争社会より平等社会のほうが社会にとって有益である。
- NHKは民間放送よりも日本社会に貢献している。
- 好きな人とばかり付き合うより、八方美人であるほうが得である。
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(e)政策論題とは
政策論題は、国会で取り上げられているテーマを思い起こすとわかりやすいでしょう。
- 日本の首都を移転すべきである。
- 日本は核武装をすべきである。
- 日本は憲法改正をすべきである。
これは、現状の政策や制度の変革についてのプランをめぐって、肯定側(改革推進派)と否定側(現状維持派)が議論を戦わせる論題です。
私たちBURNING MINDでは、過去に多くの政策論題をディベート大会や主催セミナーで扱ってきました。論題一覧のコーナーをご覧ください。
政策論題は、日常生活における判断にも応用できると、私たちは考えています。- ・わが社は、朝礼を廃止すべきである。
- ・わがグループは、会議にディベートの手法を導入すべきである。
- ・わが家庭では、週に3回外食をすべきである。
以上の論題が応用例として挙げられます。
3.ディベートの特徴
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(a)ルール
ディベートが普通の議論や話し合いなどと決定的に違う点は、ルールが存在することです。
ここで紹介する4つのルールは、ディベートのみならず、日常の会議や話し合いなどのルールとして活用しても、より生産的な議論をするのに役立つものです。-
① 時間制限を設けよ
ディベートには、時間制限を設けなければならないルールがあります。
たとえば、立論5分、反対尋問3分、反駁3分、最終弁論3分といった時間制限を設定します。
この時間内で言いたい主張を伝えるには、ポイントを明確に、簡潔に話さなければなりません。時間配分を考えずにダラダラと話していては、むやみに時間を浪費するだけです。
ビジネスシーンでも、時間制限を設けた会議・ミーティングをしてみてください。議論の生産性がアップすること請け合いです。 -
② 主張するなら理由を示せ
主張することには必ず理由を付け、その因果関係を示すことがディベートの核心です。
たとえば「私は、坂本龍馬と比べて織田信長のほうが日本史上最大のヒーローだと考えます。というのは、信長のほうが好きだからです」―。日常会話では通用する曖昧さかもしれません。が、ディベートでは当然通用しません。ディベートは主張の裏にある理由を客観的に、様々な角度から述べていかねばなりません。 -
③ 内容と人格は切り離せ
とりわけ日本では、話している内容がそのまま人格と結び付けられることがよくあります。
たとえば「日本は死刑制度を積極的に推進すべきである」と発言すると、この人は過激な人なのだろうと類推されがちです。しかし、その発言者の人格と切り離した上で「なぜ死刑制度を推進すべきなのか」という内容に疑いを持つべきです。
また、偉い学者や経営者が言うことを鵜呑みにする人がいますが、そのような人々が必ずしも正しいことを言っているとは限りません。内容そのものを検証する姿勢・思考が必要です。 -
④ 相手の話を「受けて立つ」
■“相手あって”の議論・討論
ディベートを知らない多くの方々が誤解すること、それはディベートの目的が相手を言い負かすことだと考えていることです。説得する技術や主張する技術を向上させることを第一義に捉えがちなディベートのイメージが、そう思わせてしまっているのかもしれません。
また、実際のディベートの試合で、観客であるオーディエンスにとって、視覚的にも聴覚的にもディベーターが懸命に話している姿は、まさにディベートは“言い負かすための技術”のデパートに見えてしまうのかもしれません。しかし、ここでもう一度ディベートの定義に立ち返ってみてください。“対抗する”二組の間で行われる議論・討論という本来の定義は、ある意味、“相手あって”の議論・討論と言い換えることができます。
ならば、まず相手が置かれている立場をしっかり考えたり、そのうえで相手の話をしっかり聞かねばなりません。ディベートは、(相手の立場・話を)「受けて立つ」という姿勢が非常に重要なのです。
相手の言った言葉を受けて、それに応じて対処し、自らの主張を展開していく。これは、ビジネスシーンや日常生活でも応用できることです。主張することはとても大事なことです。が、人には様々なタイプが存在します。あるタイプの人にはめっぽう強いが、別のタイプの人には自分の主張がまったく通用しないことはよくあることです。すべての人に万能な主張は存在しないのです。
ならば「受けて立つ」というスタンスを明確にすれば、あなたの言葉が多くの人に受け入れられるようにチューニングすることができるはずです。ディベートでもビジネスシーンでも、話がかみ合わない人の原因を探ってみると、そのような人々が相手を受けて立っていないから、相手に合わせられずに議論がすれ違っていたことが散見されます。
■相手の発言をメモにとる
ちなみに「受けて立つ」ためには、相手の言ったことをしっかりメモしなければなりません。ディベートの試合では、「フローシート」 という用紙を使います。ここに議論の流れや相手の主張を記入していくことで、相手と議論がかみ合うように持っていくのです。
相手の話を聞くことで、なんで相手がこのような主張をしてきたのかといった本質的なことを考えるようになります。また、そのような本質を踏まえることであなたの反論にもキレが生まれます。この善循環を体感してもらえば、ディベートが単なる言い合い、言い負かしあいでないことが十分に理解できると思います。
この項目に書いた、受けて立つことを私たちは「受けの美学」と呼んでいます。この美学を持つことが、あなたの説得力・主張に大きな力を宿らせると私たちは確信しています。
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(b)フォーマット
■ディベート全体の流れをつかむ
ディベートの試合には順序があります。ディベートの試合形式のことを「フォーマット」と呼びますが、その流れを俯瞰しましょう。
試合前から闘いは始まっています。まず、ディベートの論題に関する情報収集を徹底的に行います。しかも、肯定側と否定側どちらのサイドになるのかは、通常試合直前までわかりません。ゆえに両サイドの視点から徹底的に勉強します。
次に、チーム内(1対1のディベートの試合だったら1人)で相手側がどう議論展開してくるのかをシミュレーションしながら、論を構成していきます。
そして、いよいよ試合本番。まずはフォーマットを構成するパートを軽く解説します。ディベートの4つのパートは、アメリカンフットボールのクォーター制のように分けて考えればわかりやすいでしょう。
まず1st クォーターは「立論」です。肯定、否定それぞれの立場を鮮明にし、その後の試合の叩き台となる重要な役割を担っているパートです。
2ndクォーターは「反対尋問」。叩き台となる重要なパートである立論をもとに、いわばお互いの議論の土俵をすり合わせる役割を担ったパートです。具体的には、立論で聞き取れなかったことや互いの解釈のズレを補正することなどを行います。
3rdクォーターは「反駁」です。反駁では、立論・反対尋問であぶり出された争点に対し、互いの立場から反論・再反論の応酬を繰り広げるパートです。
4thクォーターである最終パートは「最終弁論」。このパートでは、自分たちのサイドが優位に立っていることを示さなければなりません。
ディベートの試合が終わったら、第三者の審判による判定があります。この際、どういう点でどちらの側が上回ったのかを審判に講評してもらうことが大事です。
■「肯定側の立論」に始まり、「肯定側の最終弁論」で終わる
ディベートの試合では、4つのパートを肯定・否定側交互に、たすきがけのような順番で試合を進めていきます。
具体的には、「肯定側の立論」→「否定側の反対尋問」→「否定側の立論」→「肯定側の反対尋問」→「否定側の反駁」→「肯定側の反駁」→「否定側の最終弁論」→「肯定側の最終弁論」といった順序です。
それは、どちらのサイドを引いたとしても、パートが交互に来ることで平等であることを担保するためです。サイドの順序で有利、不利が出てはいけないのです。また最初に肯定側が立論をするわけですが、叩き台をつくるのは大変な労力を必要とします。
それは「立証責任を負う」からです。立証責任とは、論題を肯定する義務が肯定側にあるというディベートのルールのことです。それゆえに、全パートの締めくくりである「最終弁論」は肯定側が行います。それは、肯定側が冒頭に立証責任を負わねばならない、いわばハンデがあるため、最後のパートは相手である否定側の議論を受けたうえでの主張の機会を与えるという公平を担保するためです。
もう一つの側面をいえば、試合最後のパートというのは、聞き手であるオーディエンスに強い印象を与えるものです。その直後に、判定をするわけですから当然です。ここでも、否定側の反撃にさらされている構図(ネガティブブロック)に対し、最後のパートを肯定側が担当することで、オーディエンスの印象を公平にする側面もあると私たちは考えています。上記書いたネガティブブロックに関して解説をします。これは、「否定側の立論」と「否定側の反駁」が合わさったブロックであり、時間帯のことです。このブロックの間には、肯定側の反対尋問がありますが、主張や反論ができるボリュームや時間帯を考えると、否定側にとってとても有利な時間帯といえます。否定側にとっても、対する肯定側にとっても試合の流れを決定するブロックであり、試合の山場といっても過言ではありません。
■ハーフタイムを挟んで議論を整理
ディベートの試合では、制限時間内に主張・質問・議論修正など、様々な作業をこなさねばなりませんから、初心者にとっては相当難しく感じると思います。したがって両サイドの立論・反対尋問を終えたところでハーフタイムを挟むと、やるほうも見るほうも議論の整理ができるものです。わたしたちの試合ではハーフタイムに実況解説などを入れて、観衆の頭を整理し、集中力が途切れないようにするなど趣向を凝らしています。
パートそれぞれの時間設定をどうするかは、ディベートをする人のレベルや、その論題に関してどこまで精通しているかなどの状況を鑑みて決定するとよいでしょう。たとえば、立論10分→反対尋問5分→反駁5分→最終弁論5分とすれば、計50分の試合となります。大学のゼミなどで、何かを俎上に上げる際にはこのぐらいの時間を確保できれば、様々な角度から考察できます。逆に試合時間が短いと議論は浅くなってしまいますが、はじめは慣れるという意味で短い時間(たとえば、立論3分→反対尋問2分→反駁3分→最終弁論2分)から始めてみるとよいでしょう。
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(c)ジャッジ
ディベートの素晴らしい点のひとつが「判定を下す」ことです。我が国では2009年に裁判員制度が導入されました。原告・被告、どちらの主張が論理的なのかを国民が見極めなければなりません。このような合理的判断をする機会の少ない日本人にとって、ディベートは論理力を鍛える有益な訓練の場所になると私たちは考えています。
それというのも、ディベートの判定ではどちらが勝ったか、負けたかの理由を常に明示しなければならないからです。
「なんとなく……」
「自分の考え方に合っているし……」
「友達もそういっているし……」
「新聞・雑誌・テレビでもそう言っているから……」ついついこのような曖昧な理由で判断を下してしまいがちですが、このような理由で判断を下してはいけません。
ジャッジの詳細は、5)ディベートの進め方―パート編―(f)判定、で説明します。
4.ディベートの進め方ー準備編―
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(a)情報収集の仕方
■感覚や経験則だけでは失敗する
私たちは、日ごろ様々な場面で判断を迫られています。その際、自分の感覚だけで判断を下していたら失敗する確率は高くなるのではないでしょうか。自分の感覚(考え)や経験則だけで渡っていけるほど、世の中は甘いものではないのです。
そのような独善性を防ぐためにも日々私たちは情報収集をし続けなければなりません。そして、ディベートは情報収集の重要性を痛烈に教えてくれます。というのも、自分の得意分野かどうかに関係なく、徹底的に事前準備をしなければ様々なテーマ(論題)で討論することができないからです。身近な情報収集の例を挙げましょう。
「家計管理は、夫がすべきか、妻がすべきか?」
このテーマは、私たちが「ウエディング・ディベート」と称して結婚式の披露宴や二次会で行うディベートの論題です。この場合、まず新郎・新婦の性格やお金に関するエピソードを、それぞれの親御さんや親戚、友人から事前にインタビューします。そうすることで、新郎や新婦が「浪費家である」「倹約家である」などの傾向があらわになります。次にインターネットを駆使して、家計に関するアンケート結果などの情報を集めます。特に公的機関(このケースでいえば総務省)の調査などは有効な情報となります。情報源として信頼性が高く、統計的にも母数が多いからです。これが裏付けとなって説得力が増します。
最後に書籍を探します。アマゾンなどのネット書店では検索機能が充実しています。「家計」「夫婦関係」などの言葉をキーワードとして検索すれば、裏付けとなる証拠(エビデンス)が書かれた本を見つけることができます。また、住んでいる所はもちろんのこと、勤務先のある自治体など、利用できる図書館も大いに活用しましょう。
情報収集する際の留意点としては、賛成側・反対側といった双方の資料を集めることです。ひとつのサイドに偏ってはいけません。「日本は憲法を改正すべし」という論題なら、憲法改正派だけの資料や本を集めるのではなく、現憲法維持派の資料や本も読む必要があるということです。
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(b)「哲学」の作り方
両サイドの情報を収集したら次にそれらをもとに議論構築しなければなりません。その際、重要になるのが「哲学」です。
哲学とは、その議論の基本的スタンスであり、よって立つ軸となるようなものです。哲学を考えるうえで大事なことは、それぞれの側の議論のエッセンスを抽出することです。わかりやすくいえば、「ひとことで言うと……」というのが哲学です。哲学があることで「ロゴス=わかりやすさ」が際立ってきます。私たちは哲学を非常に大事にしています。基本的スタンスである哲学を明確に示すことができれば、相手とのディベートで「受けて立つ」ことが十二分に可能になります。いつでも、よって立つべき場所である哲学に戻ってくればよいからです。
■哲学は揺るぎない主張
具体的な例を「日本史上最大のヒーローは信長か、龍馬か?」という論題で考えてみましょう。哲学を考える際には論題に沿った形で最も強固な主張を提示しなければなりません。また、哲学は相手との議論で一番ぶつかり合う部分であるため、揺るぎない主張を掲げなければなりません。
「日本史上」ということから、日本の歴史・風土を考察しなければなりません。また「ヒーローとは何なのか?」についての考察も重要です。ヒーローとは辞書の定義でいえば、「才知・気力・武力に秀で、偉大な事業を成し遂げる人」や「敬慕の対象」という意味があります。この定義に沿って両サイドの哲学を作っていきます。
とはいえ初心者が哲学を作るのは骨の折れる作業です。その際は、ペアを組む人やチームの人に事前に議論構築へのフィードバックをしてもらうとよいでしょう。
哲学の構築はこのように難しい作業であるため、試合直前まで修正することがよくあります。ただ、この作業を繰り返し行っていくことで様々な議論を俯瞰して見る能力を養うことができます。ディベートの肝といっても過言ではないのが哲学なのです。 -
(c)チーム編成とサイド決定
ディベートの良さは「人前で話すための議事訓練である」という前提に立てば、基本的に2対2以下で対戦することをお勧めします。というのも、5人対5人のような大勢の対戦になればなるほど、発言する機会を逸する人が出てしまったり、チーム内の人が多いゆえに試合中の意思疎通も困難になるからです。
人には話すのが上手な人、聞くのが上手な人、また試合の流れなどの戦略を立てるのが上手な人など様々なタイプがいます。複数人によるディベートでは、できるかぎりひとつのパートにこだわらずに、様々なパートを担当すべきです。そうすることで、自分の適性や自分に隠されていた素質がわかるからです。
1対1は究極のディベートのあり方で、アメリカ大統領選挙を思い起こせば想像しやすいでしょう。この際、ひとりで相手の話をしっかり受けて、それをもとに反論などを加えていくわけですから、大変な知的作業を強いられます。しかし「人生を切り拓くのは、まず自分から」という大原則に立てば、私たちは1対1のディベートを強くお勧めします。1対1のディベートなら、審判を含めて3人だけでディベートの試合を運営できるのです。
■初心者は事前にサイドを決めるのも可
肯定側・否定側などのサイド決定に関しては、試合直前にくじ引きなどで決めるのが一般的ですが、はじめてディベートをする人であれば、あらかじめサイドを決めるのもよいでしょう。なぜなら、最初は試合をこなすだけで精一杯ですし、試合の感覚を味わうことが先決だからです。
とはいえディベートの素晴らしいところは、肯定・否定、ふたつの側面から物事を見ていくことにあります。その観点から考えれば、できれば2試合やって、両サイドを経験することです。それぞれの立場・主張を学べ、多面的にそのテーマを理解することができるからです。
事情があって2試合できない場合は、試合直前までサイドを決めずに、くじ引きなどで決定すると緊張感をもって試合に臨むことができます。
5.ディベートの進め方―パート編―
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(a)肯定側の「立論」
肯定側の「立論」は、まさにオープニングスピーチです。スピーチと書いたのには意味があり、唯一原稿を用意できるのが肯定側の立論というパートだからです。
それ以降のパートはこの立論を受けて展開していかねばならず、想定問答集のようなシミュレーション原稿程度のものしか用意できません。初心者の方は展開を無視して用意した原稿をそのまま読むという試合運びになることがあります。当然そのような試合では、すれ違ったままの攻防が続き、ディベートの醍醐味が損なわれてしまいます。ディベートは相手の論を受けて(聞いて)、自分が考えてきたシミュレーション原稿を修正していかねばならない即興性も試されるのです。■「五大争点」を立証する
立論の組み立て方について「日本人は血液型性格判断を信じるべきか否か?」という論題を例にとって考えてみます。もちろん肯定側は「血液型性格判断を信じるべき」という立場で論を組み立てることになります。立論で大事なことは「立証責任」を果たさなければならないということです。その際、次の5つのステップに沿って作業をするとよいでしょう。
- ①現状分析
- ②現状における問題点
- ③問題解決のためのプラン
- ④プランの実行可能性
- ⑤プラン導入後のメリット・デメリット
以上5つのステップは、5大争点(five stock issues)と呼ばれるものです。
なおディベートは基本的に「すべきorすべきでない」を問うものです。ゆえに④の実行可能性は「できるorできない」を問うものですから、あまりこの議論に執着してしまうと「すべし」という本質論に入っていけなくなります。したがって、比重としては①②③⑤を立証することを重んじてください。とはいえ、④の実行可能性に関しては問題解決のためのプランを実行するかしないかの最終決断ポイントであり、ビジネスの世界や政治の世界ではここが最後にモノをいう(説得力がより増していく)ことはいうまでもありません。
下記イラストでは前述の論題を例に、5大争点の考え方を具体的に示します。 -
(b)否定側の「立論」
■5つのステップに沿って立論を組み立てる
本来のフォーマットでは、肯定側立論のあとに否定側による反対尋問があります。この反対尋問は、次の否定側立論を意識した内容としなければなりません。つまり最低でも、肯定側立論の不明な点・聞き洩らした点などの確認をしておく必要があります。そうしなければ肯定側立論を「受けて立つ」否定側立論を仕上げられないからです。
反対尋問については次項(c)で詳述しますが、ここでは先に否定側の「立論」について説明します。否定側立論を構築する際のポイントも、5つのステップ(五大争点)を確認することが基本となります。
- ①肯定側の現状分析は?
- ②肯定側の問題点は重大なものか?
- ③肯定側のプランで問題解決はするか?
- ④肯定側のプランは実行可能か?
- ⑤肯定側のプランを実行すると、本当にメリットは発生するのか?
これら5点を意識しながら相手の論理展開を聴く(これを批判的傾聴という)ことで、否定側の立論はキレを増していきます。
■否定側の立論はデメリットを打ち出すのが有効
先の例題である「日本人は血液型性格判断を信じるべきか否か?」の場合、否定側は「信じるべきではない」サイドです。だからといって、やみくもに「信じるべきだ」という肯定側議論をつぶしてしまっては「ああ言えば、こう言う」の典型になってしまいます。
否定側が肯定側の論に反論していくことはもちろんのことです。それは反証責任(義務)といって相手の証明した争点を攻撃する義務を否定側は負うからです。しかし、ここでは「性格判断を信じるとこれだけのデメリットがある」と打ち出していくほうが重要になります。否定側だからといって単に守勢に回ればよいわけではありません。否定側立論は、まさに攻守交替を宣言する狼煙をあげるようなパートなのです。
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(c)反対尋問
■相手の話をさえぎったり、誘導尋問するのもOK
反対尋問は「ディベートの華」。面白いディベートは必ずといっていいほど、反対尋問の応酬に見応え、聞き応えがあるものです。
反対尋問は、互いの立論のあとに行われます。否定側にとっては、その直後にある自分の立論の輪郭をあらわにしていくための尋問をしていかねばなりません。また肯定側にとっては、否定側立論から否定側反駁まで続くネガティブブロックの流れを断ち切るような尋問を心掛けなければなりません。
私たちの試合の反対尋問を見て、次のような意見や質問をする人がよくいます。
「質問者(質疑する人)が応答している人の話を途中で遮るのは見苦しい」
「質問者が応答者から無理やり誘導尋問のように答えを引き出そうとしている。これって強引すぎるのでは」実は、反対尋問では質疑者に主導権があります。つまり、話している時間を遮ったりしてもよいのです。また質問する内容についても、質疑者がテクニックを駆使して仕掛けていってもよいのです。これらは質疑者の権利なのです。これはディベートがタイムゲームであること、また質疑者の立場が両サイド平等に与えられているからこそ存在するルールだといえます。ただし、あまりに内容のないやり取りの応酬になってしまった場合、審判や観客は評価ポイントを加える必要はないと考えます。きちんと生産的な応酬ができているか確認してみてください。
■反対尋問は攻防が見えやすいパート
「反対尋問こそディベートの華」と冒頭で述べたのは、フォーマットの中で唯一インタラクティブ(双方向的)なパートだからです。ゆえに攻防が見えやすく、面白いのです。
尋問を行う上でのポイントは、主に以下の3点です。- ①もれがないように相手の議論をきちんと確認する。
- ②相手の提示した主張を検証する。論理矛盾などがあった場合は、積極的に攻撃する。
- ③自分たちの議論を認めさせ、有利な展開になるような布石を打つ。
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(d)反駁
反駁とは、相手の主張・批判に対して論じ返すことです。ちなみに「駁」とは、広辞苑によると正否を論じること、他人の説に反対するという意味です。
立論では互いのスタンスを提示し、反対尋問では議論のすれ違いがないかを確かめ、そして反駁では互いに違っている主張に対して議論を深めていきます。このように議論を深掘りしていくことで争点(互いに違う点)を明確化し、比較することができるのです。
反駁の目的は以下の3点で説明できます。- 反対尋問で反論されて弱められた議論を立て直す。(守りを固める)
- 5大争点のうち相手の弱い部分に反論を重ねる。(攻勢に転じる)
- 自分たちの議論を更に伸ばしていく。(相手からのリードを得る)
守り→攻め→引き離す、ということができれば理想的な展開です。
■攻守逆転の妙が反駁の面白さ
3)ディベートの特徴(b)フォーマットをご覧ください。反駁は否定側から始まります。否定側の反駁では、3.の「自分たちの議論を更に伸ばしていく」ことが特に重要です。なぜなら反駁がネガティブブロックにあり、優勢な立場にあるからです。2.の「相手の弱い部分に反論を重ねていく」のはもちろんのこと、自らの立場の優位性を訴えていく3.の姿勢が大事になります。
一方肯定側にとってみれば、ネガティブブロックが終わった後の最初のパートが「肯定側反駁」になります。ここでは時間的・量的に支配して攻勢をかけてきた否定側の一連の流れ(立論→反駁)に対して、「受けて立つ」姿勢を鮮明にしなければなりません。そのためにも1.の「反論されて弱められた議論を立て直す」ことが重要な仕事になります。また守勢に回っているだけでは、ラストの最終弁論で分が悪くなります。肯定側も否定側に比べて上回っている争点を果敢に仕掛けてアピールせねばなりません(3.の姿勢)。このように、攻守逆転の妙を見せつけられる点が反駁の面白いところです。
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(e)最終弁論
いよいよ最後のパートを迎えました。「最終弁論」です。
ディベートは立論を互いに提示してから、それぞれの論を「分析→評価」するという思考プロセスを辿ります。ここまで優勢であっても、または劣勢であっても、最終弁論ですべてが決します。最後のアピールチャンスが最終弁論なのです。最終弁論でのポイントは「今までのディベートの流れを再構成する」ことです。ディベートの試合でよく見られる最終弁論が、立論の繰り返しになってしまっていること。しかし、勝利を決定づけるには、立論・反対尋問・反駁で主張されてきた相手の論を「受けて立つ」最終弁論を展開しなければなりません。その際に重要なのが、自分と相手の哲学を比較することです。
自分の哲学>相手の哲学
これを証明しなければなりません。またそれぞれの争点でも、相手と比べて自分の主張が勝っていることを証明しなければなりません。それらを比較する場所が最終弁論なのです。
■テーマの本質を明確化する
最終弁論は「否定側の最終弁論」→「肯定側の最終弁論」の順番です。ここまで来ると、あとはどちらの側がどれだけわかりやすく論題をかみ砕くことができたかで、勝負は決します。私たちの事例でいえば、ディベートの試合後に観客から「太田さんの最終弁論を聴いたことで、この論題で何が論じ合われているのかがよくわかった」といったシーンをお見かけしました。全体を通して明らかになった争点に対して、それぞれの哲学をぶつけ合うことでテーマの本質を明確化するのが最終弁論の役割なのです。
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(f)判定(ジャッジ)
■ディベートの3要素に沿ってジャッジ
実際には、ディベートの大事な要素に沿って判定してみるとよいでしょう。前述したロゴス・パトス・エートスの3要素です。
ロゴスの観点でいえば、判定をする際に「わかりやすさ」を重視すべきです。そのためにも、以下の項目をチェックする必要があります。- ・哲学の大きさの比較→量×質=哲学の大きさ。それぞれの哲学を比べて、どちらの主張が多くの人にかかわっているか(量)、それぞれの主要争点での主張が哲学と密接にかかわっているか(質)を検証する。
- ・メリット(デメリット)の大きさの比較→量×質=メリット(デメリット)の大きさとなる。量とは、どれくらい多くの人がかかわっているか。質とは、幸福度・危険度などどのような価値を与えているか。
- ・どちらが争点を明確化し、自論を立証しているか。
- ・主張の裏に必ず証明があるか。
次にパトスの観点からいえば、情熱を込めて、気持ちを込めて話をしているかがポイントになります。そのためには以下のことをしっかり駆使し、審判に伝える努力をしているかがポイントになります。
- ・目の配り方
- ・カラダの使い方
- ・声の出し方
3つ目のエートスは、ディベーターという話し手の信頼性・安心感という目に見えにくいが、しかし大事な部分です。判定を下す際には、この要素を最終チェックポイントにすればよいでしょう。そのためには以下の項目をよく見てください。
- ・身だしなみ
- ・話し方(聞きやすさ、落ち着き、テンポ、抑揚、間など)
- ・フェアな議論を展開しているか。
最後に重要なこと、それは、ディベートは「誰が言ったか」ではなく「何を言ったか」がポイントだということです。実績や前評判は判定の要素に入れてはいけません。これは多くの人がはまってしまう判定の際の落とし穴です。まっさらな気持ちで公平にジャッジするために、自分の判定を自制してください(採点シート に沿ってジャッジすることをお勧めします)。
6.ディベート理論の応用 パート1 ―ネオ・ディベートの使い方―
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(a)はじめに
最初に、この第6章の意味を書きます。私たちは、1)の(b)でも書いたように、ネオ・ディベートを提唱する組織です。改めて、ネオ・ディベートとは、以下のとおりです。
「あるテーマに関して、対抗する2組が論理・感情・人間的魅力すべてを駆使して、オーディエンス(聴衆)を説得するために議論すること」
論理の部分をおろそかにするつもりは毛頭ございません。そのうえで、人間の感情(心理)をしっかり汲み、話し手の人間的魅力をも鍛えていくことが、ディベートの新たなる可能性(領域)だと考えています。
この章では、私たちがディベートの試合経験や日常のビジネスシーンを通して生み出した、実生活に応用できる考え方やディベートテクニックを披露します。このような考え方やテクニックこそ、ネオ・ディベートの真骨頂です。ディベートの新たなる可能性をご堪能下さい。 -
(b)受けの美学
プロレスの世界に「ハイスパートレスリング」という用語があります。相手を光らせることなく、一方的に試合を終わらせてしまう、独りよがりなファイトスタイルのことです。主張しあう話し合いの場面でも、相手を光らせることなく独りよがりな人の主張は通るのでしょうか。残念ながら最終的に一切支持は得られないでしょう。
そうならないためには、どうすればよいか。
その答えが、受けの美学という型を持つことです。これは「相手の主張をすべて受け、耐え、そのうえで逆転して勝つ」という信念に基づき、相手を精神的にも肉体的にも凌駕していく考え方です。この考え方は、大相撲でいえば「横綱相撲」。相手の攻めを受けて勝つという考えは、今でも多くの日本人の精神に受け継がれています。相手の主張をすべて受け止めなければ、聴かなければ、あなたの主張は通らないと肝に銘じるべきです。「相手の技を9受けて、10返す」とアントニオ猪木は言いました。主張する相手の内容・心、すべてを受け止めるためには「受けの美学」というワザが必要不可欠なのです。
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(c)振り子思考
いきなりですが、「抽象」とはどういう意味でしょうか。抽象とは、多数の事物や表象(象徴やシンボルといった意味)から共通の側面や性質を抜き出すことです(『広辞苑』より)。抽という字は、「抜き取る」とか「引っ張り出す」という意味です。
一方「具体」とは、形態と内容を具え、はっきりと感覚で認識できるという意味です(『広辞苑』)。
私たちなりの解釈でいえば、「抽象」は分かりづらいもの、「具体」は分かりやすいものです。この「振り子思考」の前提として理解してもらいたいことは、「抽象と具体はセットで考えよ」ということです。具体的なものばかり羅列したところで「結局、何を言いたいの?」と相手から言われます。また抽象的なことばかり羅列すると「分かりやすく言えば何なの?」と言われてしまいます。
セット(一対)でこれらの概念を行き来してもらいために「振り子思考」と名付けました。
この考え方は、私たちが長年ディベートをやってきて一番大事な核心であると考えています。それは制限時間内でディベートの試合を展開していく際に、相手が言ってきた1つ1つの具体的事実に対して、“要するに”だとか“ひと言で言えば”と常に抽象思考を働かさなければならないからです。具体的事実に対する論証や反証をする際、相手の1つ1つの具体的事実に付き合っていては、どんなに時間があっても足りません。
だからといってコンパクトではあるけれど、抽象的な概念ばかりを話していては対戦相手に理解されないだけでなく、その試合を観ている審判や観客にも分かってもらえません。というのもディベートの試合はオーディエンスを説得するために議論するのであり、抽象語の羅列だけでは見ている人にも分かりづらく、理解しづらいからです。
まとめると、抽象と具体を行ったり来たりで考えることで、今は何を考えなければならないのか、話している問題の本質は何なのか、などを考えることができるようになります。議論などの生産性が飛躍的に向上することが請け合いの考え方、それが「振り子思考」なのです。
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(d)51対49の法則
ディベートの試合では、審判や観客の過半数の評価を得ることができれば勝利となります。つまり、100人のうち51人の支持を得られれば正当な勝利となります。49人からノーと突き付けられたとしても、です。
このディベートの原則を、私たちは人生哲学にまで昇華させています。私たちはややもすると、全員からの支持を得たい、会う人すべてを説得したいと思いがちです。が、それは土台無理な話です。
そうであるなら、100人のうち51人を説得することに注力すべきです。過半数を説得することだけ考えればよいのです。言い方は妙かもしれませんが失敗した49人は、残りの51人の説得に成功するためのステップ。こう考えると精神的にも楽になります。このように、自分がブレずに、いい意味で人に迎合せずに、主張・行動に思いっきり一貫性を持たせることができるようになる考え方こそ、51対49の法則の意味するところと私たちは考えています。
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(e)キャスト・ライトアップ
ディベートをする際に大事なことはその論題に出てくる登場人物を列挙し、浮かび上がらせることです。私たちはそれを「キャスト・ライトアップ」と呼んでいます。人は立場が異なると、当然考え方や見方が違ってきます。キャスト・ライトアップでは、その立場にあなた自身が立って、これまでの自分とは異なる考え方や見方をしていきます。学校でも、会社でも、商談でも、このキャスト・ライトアップという発想を持てるかどうかで、その人の考えや行動は変わってきます。
たとえば大勢の人が参加する会の幹事をする際、日時や待ち合わせ場所の調整は困難を極めます。参加者たちの立場になって、勤務地・業務終了時刻・終電の時刻などを考慮に入れながら調整を図ることになるでしょう。このように多くの人は自然にキャスト・ライトアップを行っています。
これを意識的に毎回やることに意味があります。これができると自分とは異なる視点を得られるほかに、以下のようなメリットも出てきます。登場人物の考え方や見方を取り入れると、他者を常に意識するので相手に共感できるようになるのです。「相手の立場になって考える」のは、世の中をうまく渡っていくための鉄則。キャスト・ライトアップは対人関係さえも良好にさせる効果があるのです。
キャスト・ライトアップを行う際、その登場人物の価値観・考え方・性格・趣味(嗜好)など細かく浮かび上がらせる必要があります。そのためにも徹底的に情報収集しなければなりません。
これをすることで自分がこれまで思いつかなかったような登場人物のニーズなどを探ることができ、実際の商談などの際にもうまく交渉を進めることが可能になります。「できる人」と言われている人たちは、経験的にキャスト・ライトアップを学び、自分の中である程度シミュレーションしたうえで話し合いや商談に臨んでいるものです。
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(f)体内時計を身につける
ディベートは制限時間のあるタイムゲームです。たとえば、立論5分→反対尋問3分→反駁5分→最終弁論3分、といったフォーマットでディベートの試合があるとします。試合に臨む際、あなたは3分または5分という時間を自分の体内時計に刻み込んでいるでしょうか。また肯定側の立論を除けば相手が言ったことに受けて立たなければならないので、自分の伝えたい主張ばかりに時間を使うことはできません。さらに気をつけたいのは、話すスピードが速くなってしまう点です。聞きづらさは、判定をする審判や観客にとっても、ディベートをする相手にとっても不幸です。どんなに論理的な構成を組んでいたとしても、聞き取りづらくなればロゴスポイント(わかりやすさ)は俄然低くなります。
そこで時間を自分の体内時計に刻むために、キッチンタイマーを用意してください。ちなみに私たちはドリテックという会社から出ているタイマーをいつも使っています。
まず自分が作った原稿をもとに、自分の話すスピードをタイマーで計ってみてください。原稿が手元になければ実験的に新聞のコラム(朝日新聞なら「天声人語」、日本経済新聞なら「春秋」)がどのくらいのスピードで音読できるのかを計ってみるとよいでしょう。これを実践することは話す際の時間をコントロールする訓練になります。
体内時計を鍛えれば、ディベートの試合はもちろんのこと、日常生活にも大いに役立ちます。学校などでの代表スピーチ、結婚式の披露宴でのスピーチ、仕事における会議の場での発表(プレゼンテーション)、商談など時間内に話すことが求められるシチュエーションは数多くあります。
時間内に話を収める人は、カッコいい。ディベートの技術をビジネスやプライベートで存分に活かしてください。
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(g)ひとりディベート
■毎日がディベートの連続
人生は多くの判断の積み重ねによって成立しています。人生一つひとつの局面で二者択一の判断が迫られています。なかでも「今やるか、やらないか」は多くの局面で求められる判断です。その判断の積み重ねが、その人の人生を決定づけるのです。
たとえば「ランチに、牛丼を食べるべきか、パスタを食べるべきか」といった毎日のささいな選択から「Z社に転職すべきか、自分で起業すべきか」「あの人と結婚すべきか否か」という重大な選択まで迫られます。ここで大事なポイントはこれら選択の主語は「私」であることです。「私」という主体はいつも二者択一のディベート的選択を迫られているのです。つまりどんな人でも毎日がディベートの連続だということです。このように考えるとディベートが特定の人の、特別な技術でないことは理解してもらえると思います。
■ひとりディベートで、人生を客観視
極論をいえば、ディベートの試合などやらなくても「ひとりディベート」は必ずしてもらいたいというのが私たちの願いです。他者とではなく、内なる自分とディベートする、それがひとりディベートです。
われわれ人間は一つひとつの判断の選択を自分の主観に委ねているものです。主観というのは言い換えれば、あなたの感性・考え方の癖や習慣といってもよいでしょう。
ディベートのよいところは人や物事を客観視できることです。そのディベートのよい部分を、ひとりディベートに取り入れるのです。あなたの主観・感性・癖に、ディベートという客観的物差しをインストールする。これがひとりディベートの真骨頂 です。
なお誤解してほしくないのですが、私たちは主観を軽視するわけではありません。主観を過信してもらいたくないのです。
客観的な物差しであるディベートを安全弁にして判断をコントロールすれば、人生は良い方向に舵を切るものだと私たちは考えています。
7.ディベート理論の応用 パート2 ―実生活に応用できるネオ・ディベートテクニックの数々―
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(a)相手の性格や背景を見極める
■ディベート+人間観察眼=対人術
他人と話し合ったり、その相手と交渉をする際に、人間そのもの(人間学)を学ぶことはとても重要な視点です。また対人関係が根底にある日常生活では、人間関係学の視点も常に念頭に置いておく必要があります。
ディベートテクニックを実生活のコミュニケーションやビジネスに応用・活用していくためには、冒頭に書いたように「人間」にスポットライトを当てて発想することが起点となります。これこそ私たちが提唱している「ディベートと対人術の関係」です。ディベートテクニックを対人術に活かすには、あなたの人間観察眼を養うことが重要です。
ディベートで内なる自分の世界を磨き、あなた自身の思考の枠組み(フレーム)を大きくする。いわば、自己世界を磨き、拡大する。そして人間観察眼を養うことで他者に対する見方や考え方を磨いていく。方程式のように表せば、「ディベート+人間観察眼=あなた独自の対人術」という式が出来上がるのです。
■性格や背景を見極めるポイント
あなたは揺るぎない、しっかりとした人間観察眼を持っているでしょうか。端的にいえば、相手の性格やその背景を見極めているでしょうか。
あなたが言いたいこと、主張したいことはもちろん大事ではありますが、その受け止め方は人によって様々であります。だからこそ「人(にん)を見て法を説く」―お釈迦様が説いたといわれるこの精神がとても大切になります。
では人の性格・背景を把握するために、どのような点に着目すればよいでしょうか。
性格の面からいえば、人は大きく、まずは4つに分けてみましょう。
- ①ギラギラ目標一直線タイプ
- ②いつもみんなと一緒タイプ
- ②いつもみんなと一緒タイプ
- ④すべてを分析しないと気が済まないタイプ
次に背景の面からいえば、以下のまずは5つに注視するとよいでしょう。
- ①年齢
- ②性別
- ③出身
- ④学歴
- ⑤知識に対する習熟度
それぞれの特徴を図にまとめました。これらのポイントをチェックしながら、あなたの人間観察力を鍛えてください。
なお、性格面・背景面それぞれの箇所で、「まずは」という箇所に傍点(ぼうてん)を付けました。なぜ強調したのかといえば、人の性格面・背景面がこれですべて把握できるわけでは、もちろんないからです。これらがあまりに多すぎると、あまりに細分化しすぎるとこのような類のものは分かりにくくなるものです
ちなみに、人の性格面や背景面のどこを重要視し、どこを重んじないかなどの斬り方こそ、その人独自の人物観察眼だと私たちは考えています。
経験がない人、ならびに、今までこのような人物観察眼を意識していない人は、上記をたたき台として使ってみてください。反対に、経験豊かな人、今でも豊かな人物観察眼を持っている人はどうぞあなた独自の項目を作り、より精密な分類化を試みて下さい。
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(b)聞き手の注意を惹き続ける
■人前で話をする際に押さえるべき3つの前提
たとえ1対1の面と向かった話し合いであっても、相手の注意を惹き続け、飽きさせずに話をきいてもらうことは大変なことです。それが大人数になると、なおさらです。
ディベートは審判が判定するというルールがありますから、第三者であるジャッジの興味・関心を惹きつけるような話をするのは当然のことです。試合では多くの観衆(ジャッジ)を味方につけなければ勝つことなど到底できないからです。
そこで、ここでは大人数を前にして話す際の、聞き手の心理を考察します。私たちがディベートの試合から学んだのはもちろんのこと、大学・企業・官公庁などに対しての豊富なセミナー実施体験からも実証済みの聞き手の心理模様です。また弊社理事長で、数えきれないほどの講義を展開してきた出口汪(ひろし)も唸ってくれた聞き手論です。聞き手を惹きつけるには、以下、3つの前提を踏まえて話をしてみてください。
①聞き手の興味・関心は多様である
人は顔かたち、クセ、考え方まですべて違う生き物です。聞き手の興味・関心も様々であるのは当然です。したがって、聞き手の最大公約数の興味・関心を探り、ほとんどの人が理解できるようにわかりやすく話さなければなりません。②聞き手は消極的である
学校の授業などを思い出してもらえればわかるとおり、先生が前で話をしていると聞いている側の生徒は受動的な立場になります。自発的な行動や思考ができなくなり、話に対する理解も浅くなっていきます。そうすると聞き手の注意力・集中力は散漫になり、あなたの話への参加意識が希薄になってしまいます。③制御できない聞き手が現れる
聞き手の中に「目立とう精神」を持っている聞き手がいると、制御不能な発言・行動をする恐れがあります。意見や質問をする機会があると、そういう人は本題とは全く別のことを発言したりします。ここから自分のペースに戻すには大変な労力が必要になります。これら3つの聞き手の特徴を踏まえた上で、相手の注意を惹き続けてください。下記図に示した3つのテクニックは、聞き手の気持ちを鑑みたテクニックであり、話がうまいといわれる人たちは多かれ少なかれ取り入れている手法です。是非、真似してみてください。
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(c)「ミラクルワード」で説得力を倍増させる
■人のココロや感情にダイレクトに訴えかける言葉を発見する
文章と同じように、話し言葉にも人のココロを惹きつけるワードは数多く存在します。文章がうまい人や話がうまい人は、このような人のココロを惹きつける「ミラクルワード」を多く知っているものです。
「ミラクルワード」とは、人のココロや感情にダイレクトに訴えかける言葉のこと。私たちは経験豊かで、いろいろな経験をした特別な人だけが「ミラクルワード」を駆使できるとは考えていません。たとえば、ロゴス・パトス・エートスに則って訓練をしているディベーターは、常にアンテナを張り巡らせているため、「ミラクルワード」のストックが数多くあるものです。
■日本語の「語彙」を増やそう
図で、私たちディベーターが駆使している「ミラクルワード」の一覧を挙げました。ここにある「ミラクルワード」を3つ使って、文章を作ってみてください。あなたがビジネスパーソンであれば、自分の仕事にまつわる文章(営業トーク)を考えてみるとよいでしょう。
たとえば、次のような例文が考えられます。
「実を言うと、ディベートはあなたを心躍らせるものなのです。私から言わせてもらえば、この本の内容を実践することで、あなたはディベートの本質を発見できることでしょう」
「ミラクルワード」も、ここで挙げたものだけではもちろんありません。人それぞれにオリジナルの「ミラクルワード」があるはずです。ボキャブラリーというと英単語や外国語の語彙力を増やしていくイメージが強いかもしれません。しかし、日本語の“ボキャブラリー”を増やしていく地道な訓練が、強いディベーターとして世の中にも通用する人となる第一歩となります。
たとえば具体的な方法としては、漢字検定用のテキストや問題集などで漢字の同意語や反意語などを日々調べ、ストックしていくことで語彙が増えていきます。また、言葉の語源などを知ることでも言葉の感覚を研ぎすますことが出来ます。
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(d)「場」の空気をつくる
■「場」の事前視察をする
あなたは「場の空気」をしっかりと認識しているでしょうか。場の空気とは「場の雰囲気」といってもよいですし、「場の環境」といってもよいでしょう。
同じ内容を話すとしても、その場所が会議室なのか、ファミリーレストランなのか、学校の教室なのかで全く状況は異なります。日の光が入ってくる空間であったり、自分の声の通りがよかったり、まわりが騒がしかったりと、相手と話をする場のシチュエーション(状況)も様々です。したがって、その「場」を把握することを忘れてはいけません。そのためには、場の事前視察を行うなど「予行演習=リハーサル」が欠かせません。
たとえば、私たちはディベート大会の1~2週間前には必ず会場の事前視察を行っていました。その際、自分のアクションが観客側からどのように見えるのかをビデオでチェックします。また、マイクを通しての自分の声の通りをチェックします。最後に、あたかも観客がいるかのようにイメージトレーニングをして壇上に立ちます。
ここまでやるのには、私たちバーニングマインドの哲学が大きく影響しています。わざわざ時間と電車賃をかけて来てくれる観客(お客様)に対して、期待以上の感動を与えるためには、このぐらいの事前準備は最低限必要であると私たちは考えています。演劇でも、総合格闘技やプロレスなどを含めたスポーツでは、演者の、プレーヤーのパフォーマンスこそ、観客を魅了するうえで一番重要な要素です。ディベートもディベーターの立ち居振る舞いまで含めたパフォーマンス次第で面白くもなり、つまらなくもなるものです。ディベートは言葉の格闘技だからといって、論理(ロゴス)偏重で、パフォーマンス(いわばパトス)や風格(エートス)を無視してしまっては、自分勝手な、自己満足のイベントになります。そのようなイベントを観た人たちはリピーターには決してなることなく、「ディベートはつまらないものだ」とずっと思い続けることでしょう。
■聞き手によっても「場の空気」は異なる
あなたはまさしくアクター(アクトレス)です。このような「話をする場所」という舞台で縦横無尽に力を発揮するためには、その舞台の隅から隅まで把握しなければなりません。場を仕切り、あなたのハイパフォーマンスを出し切ってください。
また「場の空気」は単に話す場所だけの問題ではありません。演劇でも「キャスト=登場人物」が違うと、同じ作品でも雰囲気が全く異なります。つまり、話し相手によっても「場の空気」は異なるということです。話し相手の把握の仕方については、7)(a)相手の性格や背景を見極める、の項目を改めてご覧ください。「話す舞台+話し相手=場の空気」という方程式を意識しながら、あなたが陰に陽に場を仕切ってみてください。
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(e)「ひとりリハーサル」を実践する5つ道具
■見かけを客観的に分析する
前項(d)では、リハーサルの重要性を書きました。6)(g)ひとりディベート、の項目は、いわば自分の頭の中のリハーサル(事前準備)のやり方を書いたものです。次に、カラダとココロのリハーサルをしなければなりません。
あなたは、自分が他人からどのように見られているのかを把握していますか。あなたの見かけはどのように人に映っているのでしょうか。これを客観的に分析することから始めなければなりません。
アリストテレスが説いた、人を説得する際の3つの要素のひとつであるパトスとは、英語でいえば「passion」のことです。自分の考え方や想いを顔の表情やカラダの使い方、声の出し方などを駆使して人の感情へ働きかけなければなりません。あなたの言葉に情熱をまぶしていかねばならないのです。
パトスとはあなたの見栄え・行動そのものといっても過言ではありません。しかし、パトスは頭で考えても身につくものではありません。予行演習となる「ひとりリハーサル」の実践がとても大切な役割を果たします。
■デジタルビデオカメラの映像をチェック
「ひとりリハーサル」を行うのに役立つ「5つ道具」を紹介します。
- ①デジタルビデオカメラ⇒自分自身を見る
- ②HDD内蔵ブルーレイ/DVDレコーダー⇒お手本を見て、自分の型を作る
- ③タイマー⇒体内時計をつくる
- ④鏡⇒本番直前のひとりトーク用
- ⑤話し方をチェックしてくれる仲間や家族⇒ロールプレイングをしてみる
①のデジタルビデオカメラを使えば、自分自身の動き方・話し方の癖などを発見できます。人は他人から欠点を指摘されると反発し、なかなか素直に聞けないものです。が、客観的な映像を見れば「自分にこんな身振り手振りのクセがあったのか…。意識して余計な動きをなくそう」とか「自分はこれほど無表情だったのか…。今度話すときはもっと笑顔を大切にしてみよう」
などと、あなたの話し方の悪い部分や癖を即改善できるぐらいのインパクトが期待できます。自分の映像を見る際は、
・顔の表情
⇒顔の筋肉はほぐれているか?笑顔は自分が見て好感がもてるものか?・カラダの使い方
⇒ボディランゲージをあたかも指揮者であるかのように、効果的に使っているか?(口だけをボソボソと動かしていないか?)・目の配り方
⇒全体を見渡しているか?(話し手に余裕があるかないかの目安になる) 目が輝いているか?死んでいないか?(目は心の窓なので、目がギラギラ輝いていれば、情熱はより伝わりやすくなる)・声の出し方/使い方
⇒声量・スピード・抑揚(アクセント)・間の取り方は適切か?などのポイントを特にチェックするとよいでしょう。
■話し方の師匠を見つける
②HDD内蔵ブルーレイ/DVDレコーダーを使って、話し方の参考になりそうな芸能人やビジネスパーソンの映像をドンドン録画してみてください。説得力のある話し方ができるようになったり、見栄えをよくするためには、あなたにとっての師匠(先生)が必要です。このようなレコーダーを使う2つの利点は、1週間の番組表で一括大量予約(リピート予約も)ができることと、ハードディスクという大容量なので昔のようにビデオテープやDVDなどをいちいち替えずに保存できる点です。目で見た映像は、頭の奥底にしっかりと焼き付き、本番でも無意識のうちに、よいパフォーマンスを発揮できるようになります。私たちは、このような体験を「天の声」と表現しています。
③タイマーは、時間制限に対処するために必要な道具です。ディベートの試合と同じように、時間内に収まる話はとても気持ちいいものです。結婚式のスピーチなどで時間オーバーをして周りからヒンシュクを買わないためにも訓練しましょう(⇒6)(f)体内時計を身につける、を参照のこと)。
■鏡を使って「ひとりトーク」
④鏡は、洗面台などにある腰から上が映るサイズのものを利用してください。鏡はこれから大事な本番があるという際に大きな力をあなたに与えてくれます。自分の姿を映してくれる鏡は、もう1人の自分と会話できる場所でもあります。私たちはこれを「ひとりトーク」と呼んでいます。映っている鏡の中の自分と話をしてみてください。そのときのポイントは、現在形で力強く言うことです。
「できればいいなぁ」ではなく「私はやる」、
「好かれる人になりたいなぁ」ではなく「私は人から好かれるようになる」、
「この商談、決めたいなぁ」ではなく「私はこの商談を決める」、
といった具合に力強く断言するのです。そして相手あっての自分ですから、最後には「相手のココロを射抜く、満足させる、感動させる」と念じ、ひとりトークを締めてください。⑤の信頼のおける仲間・家族に話し方をチェックしてもらうのは、ほぼ「ひとりリハーサル」でチェックしてきたことを微調整できます。
①から⑤までを実践すれば「ひとりリハーサル」は終了です。この段階であなたのパトスは人の感情へ仕掛け、主導権を握ることが可能になっているはずです。
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(f)人前であがらないネオ・ディベートテクニック
■むやみに場数を踏んでもムダ
人前であがらないためには、場数を踏むのが大事だとよくいわれます。これは哲学者プラトンの時代からいわれている経験則でもあります。
しかし、頻繁に人前でプレゼンテーションやスピーチをする機会をもてる人はそう多くありません。また、むやみに場数を踏んでもこれから書くポイントを意識しなければ、何百回・何千回と経験を重ねてもしっかりした成果は出ないと私たちは考えています。
私たちは、人前であがらないための科学的訓練方法があると考えています。それは、以下の4つです。
- ①事前準備(リハーサル)
- ②事前視察
- ③ひとりトーク
- ④呼吸法
これら4つを実践し着実に場数を踏んでいけば、人前であがる心配はまずなくなるでしょう。
①事前準備
入念な事前準備を怠ったせいで、空回りしてしまうケースがよく見られます。何を相手に伝えたいのかを準備(シミュレーション)して臨む必要があります。②事前視察
話をする場を事前に視察しておくと、当日「場」の空気を支配することができます。③ひとりトーク(⇒7)(e)「ひとりリハーサル」を実践する5つ道具、を参照のこと)
鏡を見ながら、自分に話しかけ鼓舞します。「うまく話せたらいいな」といった願望ではなく、「うまく話す」と現在形で言い切ることがポイントです。④呼吸法
緊張するのは、カラダのメカニズムからいえば呼吸が止まり、筋肉が硬直してしまっているからです。したがって、とにかく呼吸をすることが大事です。私たちもディベートの試合前や登壇した後に、さりげなく後ろを向いて呼吸を整えることがあります。
その際、腹式呼吸が効果的です。鼻から3秒ほどかけて空気を吸って、緊張している原因となっている何か凝り固まったものを外に出すイメージで、倍の6秒かけて口から息を吐いていってください。なお話し始める数秒前にも、同じように観客の前でさりげなく呼吸をしてみるとよいでしょう。全体をゆっくりと見渡しながら呼吸をしていくと、あとは「よーい、ドン」という感じで話を滑らかにスタートさせることができるはずです。 -
(g)非言語の部分で相手を説得する
■人は五感で判断する
人と面と向かっているとき、自分が口から話したことを相手は耳から聞いてすべてを判断している―。
このように書くと「そんなことはない、目で見たものからも判断するよ」と多くの方が答えると思います。まさにそのとおりで、話は耳だけで聞くわけではありません。五感で受け止めるものです。
したがって人と会話や交渉をする際は、話し方や話す内容以外のことにも注力しなければなりません。つまり、ロゴス(論理・わかりやすさ)だけでは十分ではありません。
ディベートはロゴス・パトス・エートスの3要素から成り立つと前述しましたが、ロゴスだけでは相手のココロや魂を響かせることはできません。また仮にパトス(情熱・感情)やエートス(信頼・安心感)だけでも「実際の話の内容は何なの」となり、相手の理解を得られません。これら3つのトータルバランスこそ大事なのです。
■目の動きや手足の動作にも気をつける
私たちはよく「五感を研ぎ澄ますように」とセミナー受講生にアドバイスすることがあります。人間の感覚をフルに活かした話し方こそ、あなたの話をわかりやすくし、面白いものにします。そのためには、言語だけではない非言語の領域で、話し、伝えることが重要になります。
- ・カラダを使って言いたいことをしっかりと表現していますか?
- ・目の配り方を気にしながら話していますか?
- ・声の出し方やアクセントに気をつけながら話していますか?
- ・手や足をモジモジさせながら話す癖はありませんか?
非言語の使い方には各々ポイントがあります。カラダ全体、目の動き、声の出し方、手足の動き、それこそ頭のてっぺんから爪の先まで駆使しなければなりません。これらすべてを使いこなすことではじめて非言語を意識するということになります。
以下、あなたの非言語領域をチェックしてみてください。できていない部分を修正していけば、あなたの言語(コトバ)はより力強さを帯びるはずです。
■非言語チェックリスト
カラダの使い方
・ボディランゲージをうまく使っているか?(話しながら、あたかも指揮者のごとくカラダを使ってみる)顔
・にこやかな笑顔をつくることができるか?(表情が硬い場合は必ずほぐすようにする)
・顔の血色はよいか?(顔の筋肉を動かす柔軟運動をすることで、血色をよくする)
・肌のつやはよいか?(特に男性は、スキンクリームや化粧水を使って潤いを保つようにする)目
・しっかりと相手の心を射抜くために、アイ・コネクトをしているか?(特に自分が強調したいところでアイ・コネクトができないと、その強調は相手に伝わりづらくなる)
・まばたきは、多すぎないか?(まばたきは緊張度合いを露骨に反映するので、深呼吸を心掛け、心を落ち着かせるようにする)声
・話すスピードは適切か?(速すぎても遅すぎてもいけない。1分間で270~300字を話すのがひとつの目安。ただし、聞き手の反応をしっかり見て、スピードを調節することが大事)
・声のボリュームは適切か?
・声の抑揚(アクセント)は豊かか?
・間をうまく利用しているか?(間が心地よいアクセントになり、あなた独自のリズム感ができる)手
・話しているとき、手が無意識に動いていないか?(無用に手を顔に持っていかないようにする。それは心の動揺を表すと同時に、相手の集中力をそぐことになる)足
・足の見栄えはよいか?(足は人に見られていないと思うため意識が行きにくいが、意外と見られてしまっているパーツである。足をしっかり地につけ、かつ楽に正しておくようにする。だらりとすると、だらしなさが相手に伝わってしまう) -
(h)交渉で負けない「3ステップ+ゴール」
■まずはゴールを設定する
ディベートは普段の仕事でも大きな力を発揮します。例えば、交渉。交渉は相手あってのもの。もっといえば、1人でどんなに考えを巡らせても、それは想像の域を出ません。しかし、交渉の落としどころ(ゴール)を明確に自分で意識しながら相手との交渉に臨むのであれば、それはとても有効な事前準備となります。
「自分はこうしたい」というゴールを設定することで相手に理解してもらいやすくなり、交渉を円滑に進めることができます。そのために、ディベートの大事な5ステップの流れをまず思い出しましょう。⇒5)ディベートの進め方―パート編―(a)肯定側の「立論」、を参照のこと。
- ①現状分析
- ②現状における問題点
- ③問題解決のためのプラン(計画)
- ④プランの実行可能性
- ⑤プラン導入後のメリット・デメリット
交渉の際には5つのステップのうち①から③までを取り出して、そのうえで自分が落とし込みたいゴールを加えてください。
■3ステップに沿って目標を達成する
自動車の営業を例に考えてみるとわかりやすくなります。もしあなたが自動車販売の営業パーソンであれば、自分の扱っている車種を思い浮かべながらノートに書き出してください。
この場合、ゴールから考えるとわかりやすいでしょう。ゴールとは、目標やあなたの想いそのものです。自分の目標として「今月はあと500万円の売上をあげる」というゴールを設定します。このケースをもとに、以下の図で①現状分析、②現状における問題点、③問題解決のためのプラン、そして「ゴール」の順で説明したので参考にしてください。
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(i)ビジネスにも役立つ質問テクニック
■質問で双方の相違点をすり合わせる
日常会話でも質問をするのは案外難しいものです。ましてビジネスの場では、その質問の巧拙がビジネスの成功のカギを握るといっても過言ではありません。
たとえば、お客様が要領を得ない答えを述べたとき、あなたの質問の仕方次第で、その局面を突破できるか否かが決まります。
「反対尋問こそディベートの華」ということは前述しました。反対尋問は相手の意見との違いを明確にできる手段ゆえに、見応えがあるパートだからです。尋問に関してもっと具体的に表現すると、尋問(質問)はお互いの違いを認識し、その違いをすり合わせるツールといえます。
ここでは、ビジネスなど日常生活で役立つ質問のコツを説明します。
■相手の発言を5W2Hで検証
まず大切なのは、5W2Hを明確にすることです。相手と話していて、上記図に挙げた7項目のいずれかが欠けていたら、その項目に対する質問をすればよいのです。それを徹底すれば、物事の全体像がしっかりと浮かび上がってくるはずです。また、その項目に対する明確な答えを相手が持ち合わせていない場合は、相手がそこまで考えていないことがわかることによって、相手の真剣度・習熟度・専門性が高いか低いか、など相手に関わる大事な要素まで把握できるものです。
次に曖昧な言葉に関しては「なぜなぜ思考」を使って質問をすることです。人はとかく曖昧なフレーズを使いたがります。たとえば、「もう一度検討します」「もう一度よく考えて、後日改めてご返答いたします」などは、あなたも使ったことがあるフレーズだと思います。このような体のいい断り文句でも「なぜなぜ思考」は応用できます。
・「もう一度」⇒どの部分をどのように考えたいのか?
・「後日改めてご返答」⇒いつ、どの手段で連絡してくれるのか?ここであまりにも詰問調になると相手にプレッシャーを与えてしまうので、謙譲の精神を言葉に添えるのが、ネオ・ディベート流です。たとえば、「私が申し上げた中で不明な点があったかもしれませんが……」など、こちらに不手際があったことを前提に質問するとよいでしょう。これをクッション代わりにして、核心部分を聞き出していくのです。
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(j)ネオ・ディベーターが実践するメモ術
■メモする姿は相手に好印象を与える
メモを取らないで人の話を聞いていると、印象深い単語や「ミラクルワード」のようなキーワードに影響を受けすぎ、その人のパトスだけが印象に残ってしまうことがよくあります。このような場合、話していることの真意を理解できず、この後の会話に大きな支障が出てしまうものです。国会中継を見ても、多くの議員がメモを取っておらず、真剣に議論を聞いていないのではないかと疑ってしまう場面が散見されます。
また日常生活でも、メモを取りながら話を聞く人は非常に少ないと私たちは実感しています。相手を見ながら、しっかりと話し、なおかつメモを取るというのは高度な技術なのだと思います。とはいえ、メモすることは私たちが一貫して主張している「五感のフル活用」の観点からいっても、象徴的な行動です。目を使って相手を見て、耳から話を聞き、頭を回転させ、それらを整理しながらメモを取る。こうすることで話の内容が記憶に残りやすくなり、あとで整理するのも楽になります。また、メモを取りながら相手の話を聞いている姿は真剣さが伝わり、相手に好印象を与えます。話し手は気分良く、あなたに話をしてくれることでしょう。
■一言一句メモする必要はない
このように、ネオ・ディベーターが実践しているメモ術をしてみることで対話への理解度は深まり、おまけに相手の気分もよくなるという効果もあります。
なおメモを取る際は、一言一句すべてを書く必要はありません。初心者の方は、先に述べた5W2Hを意識して、相手がもっとも主張したい哲学や、諸々の主張・争点をラベリング・ナンバリングしながら列挙してみてください(上記図を参照のこと)。
また話の中に登場する人物がどのような人で、どんな考え方をそれぞれ持っているかを、その立場に成り切ってメモを取るのも効果的なやり方です(⇒6)(e)キャスト・ライトアップ、の項目を参照のこと)。
下にある図は、私たちが普段ビジネスや日常生活で使っているメモのフォーマットです。ゴール(目的)が明確になり、相手の状況を意識しながら情報収集ができます。
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(k)ネオ・ディベーターが心掛ける「6キーワード」
■キーワードを頭に叩き込む
ほとんどの人は、ディベートの試合をする機会はそれほど多くないのが現実だと思います。そのような方々にネオ・ディベートのテクニックを日常生活やビジネスシーンで活かしてほしいという想いから、「ひとりディベート」、「ひとりリハーサル」などの手法を紹介しました。しかし、ひとりゆえに心の迷いやブレが生じてしまうのも人情です。
そこで最後に、ネオ・ディベートのエッセンスともいえる「6キーワード」を紹介します。ネオ・ディベーターが常に心掛けている6つのキーワードです。これらを頭に叩き込んでおけば、仮に迷いやブレが生じたときでも、いつでも原点に戻ってくることができ、ネオ・ディベートのテクニックを日常的に使いこなせるようになります。
■「E」から始まる6つのキーワード
6つのキーワードは、すべて「E」から始まります。
- ①Easy to understand(わかりやすい内容を考える)
- ②Ethos(エートス:信頼されるように意識する)
- ③Entertain(人をもてなす)
- ④Enthusiasm(自ら熱中・熱狂する)
- ⑤Energy(エネルギーを注入する)
- ⑥Existence(存在感を出す)
①Easy to understandは、ロゴスの視点に通じる考え方です。この部分を鍛えるのが、まさしくディベートの真髄です。相手にわかりやすく話すために、常に内容を事前に考え、準備することを怠ってはいけません。
②Ethos(エートス)は、目に見えない信頼や安心のことで、人の感情を刺激する際のエッセンスです。エートスを相手に埋め込めば、主張は通り、相手に一目置かれるようになります。
エートスは自分が意識すべき心構えだとすれば、③Entertainは相手に対する心構えといえます。Entertainの語源は、間に(enter)保つ(tain)。「人を楽しませる」という意味のほかに、「人をもてなす」という意味をクローズアップします。相手や聞き手に対して、“おもてなしの精神”(いわば善意)をもって接することができれば、あなたの主張が伝わる素地が出来上がります。
④Enthusiasmの語源は、心の中に(en)、神(theos)がとりついた状態のことで、「熱狂・熱中・強い興味」という意味です。人は感情の動物であり、熱いココロが多かれ少なかれ実際には好きです。だからこそ、ネオ・ディベーターはEnthusiasmをもって、その熱いココロを人に伝播させなければなりません。ここで重要なのは、何のための熱狂なのかということ。たとえば「聞き手を満足させるため」という理由付けがあれば、あなたの言葉に神様が宿ることでしょう。
Enthusiasmが車のエンジン部分だとすると、ガソリンに当たるのが5番目の「E」である⑤Energyです。元気の源であるエネルギーがなければ、④Enthusiasmというエンジンは動きません。欲やコンプレックス、たとえば、「金持ちになりたい」「自分を馬鹿にしたアイツを見返してやりたい」「負けた自分がとても不甲斐なくて悔しい」といった想いが大事な燃料(エネルギー)になります。ちなみに、私たちはこのような想いを「成り上がりスピリッツ」「なにくそ精神」と呼んでいます。
最後の「E」は、⑥Existenceです。ここまで説明した5つの「E」を駆使することで、あなたは存在感を周りに示すことができます。存在感は「人間的魅力」と言い換えることもできます。人間的魅力がある人は周りから一目置かれ、主張が通るのです。
付録 ディベートよもやま話
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(a)さまざまな辞書によるディベートの定義
■外来語年鑑(2011年)
「討論。討議。定められたルールに従い、対抗する2組が肯定側と否定側に立って討論するコンテスト」■現代用語の基礎知識(2011年版)
「あるテーマについて肯定側と否定側とに分かれて行う討論。ジャッジが勝ち負けを宣する場合もある。 →討論」■広辞苑(第六版)
「討論。議論。」■パーソナル現代国語辞典
「〈討論〉 a debate」■新和英中辞典(第5版)
「a debate(討論)」■パーソナル和英辞典
「討論(会)、 論争、 ディベート、《議会などの》討議、 論戦、 審議、 討論の技術[研究]、熟慮、《古》争い
・hold debate with oneself 熟考する
・open the debate 討論の皮切りをする
・under debate 討論[討議]されて■リーダーズ英和辞典(第2版)
「討論研修クラブ[会]、弁論部、ディベートクラブ」■Oxford Dictionaries Online - English Dictionary and Thesaurus
「via Old French from Latin dis- (expressing reversal) + battere 'to fight'」■研究社 新英和中辞典
「古期フランス語“戦う”の意」 -
(b)ディベートのことが言及されている書籍
■福澤全集諸言 福澤 諭吉(著) 松崎 欣一 (編集)
1873年福沢諭吉が日本で初めてdebateを「討論」と訳した。
『演説の二字を得てスピーチュの原語を訳したり。今日は帝国議会を始めとして日本国中の寒村僻地(へきち)に至る迄も演説は大切なる事にして、知らざる者なきの有様(ありさま)なれども、その演説の文字は豊前中津(ぶぜんなかつ)奥平藩の故事に傚(なら)うて慶應義塾の訳字に用いたるを起源として全国に蔓延(まんえん)したるものなり。その他デベートは討論と訳し、可決否決等の文字は甚(はなは)だ容易なりしが、原書中にセカンドの字を見て、之(これ)を賛成と訳することを知らずして頗(すこぶ)る窮したるは今に記憶する所なり。』■日本人が知らない世界と日本の見方(PHP文庫) 中西輝政(著)
『オックスフォード大学といえば有名なエリート大学ですが、その中でもとくにエリート層はユニオンと称する「ディベイティング・ソサエティ」つまり弁論部に入ります。イギリスではオックスフォード、ケンブリッジという名門大学出身の最優秀の学生は、だいたい二十代後半で国会議員に立候補します。貴族の次男三男といった人たちで、そのために弁論部に入って政治討論を学ぶのです。(p48)』■日本人が一生使える勉強法(PHP新書) 竹田恒泰(著)
『ディベートは一種のゲームで、審判が勝敗を判定します。その評価は、内容が正しいか、好きかなどではなく、論拠がしっかりしていて、論法が合理的で、説得力があるかどうかによって決定されます。
だからこそディスカッションは、話の内容自体に意味を持ちますが、ディベートは、
論理と論理を戦わせる「言葉のスポーツ」と言われるのです。
私は高校生のときに、ディベートの面白さに完全にはまってしまい、それに没頭しました。(p186)』■ギリシャ哲学の対話力(集英社) 齋藤孝(著)
『近年、議論の上達を求めて子どものうちからディベートをやらせる人たちがいます。
ある問題について立場を分けてそれぞれの論拠を主張し合い、遠慮のない激しい討論を繰り広げるのがディベートの特徴です。
これはたしかに論理的思考を身につけたり、自分の主張をはっきり言葉にしたりするトレーニング効果はあると思います。立場を入れ替えてやることで、両方の視点をもつ練習にもなります。
ですが、ディベートというのは相手との融和を目指しているものではありません。勝つことが目的。そのために相手の論旨の弱点や盲点を探し、そこを突破口に論理を展開していく。ときにはまったく本質的ではないところで論理性だけを推し進めていくような面もあります。
はたしてそういう技術を小学生くらいからつけることがいいのか。ディベートは、対話のコミュニケーション力を養うものではないところに、私は若干疑問を感じずにはいられないのです。
高校生、大学生になって、ディベートとはどういうものかを知り、議論の一方法としてやるのは意味のあることだと思います。が、ディベートを練習するのであればなおのこと、相手をやりこめ、言い負かすことは議論の本当の目的ではないというルールを知っておいてほしいと思います。(p35~36)』
『福沢のやっていた討論に近いバトル系のトレーニングの手法がディベートです。
立場を入れ替え、Aの人がBの立場になり、Bの人がAの立場になっても、議論することが可能というやり方は、ディベート能力を磨いていくときによく行われるやり方です。
たとえば、原発推進派と廃止派とに分かれてシミュレーション議論をする。双方のメリット、デメリットを全部挙げて、どうしたら相手を論破できるかを考える。なぜこちらのほうがいいのか、なぜそちらではいけないかを議論する。そのあと、立場を逆転させたらどうなるかで、また話し合う。
両者が融和を目指すことはなく、ある脈絡のなかで対峙しあって、どちらかの立場が勝つまでやる。その着地点をどうやって見つけるか。闘うことで論点を明らかにするような話し合いをするのが、ディベートの特徴です。
ディベートの練習をすることで効果的なのは、逆の立場になって考えてみることで、双方の視点をもつことができる点です。こちらの立場の長短、あちらの立場の長短、それを両方知ることで、思考に柔軟性が出てくる。自分の立場のことしか考えられない人に視点の切り替えを学んでもらうにはとてもいい方法です。
ただし、ディベートは勝ち負け重視なので、気づきの発見よりも、いかにして相手を論破するかというテクニックに走ってしまいがちなところもあります。
さらに、実際に社会に出てからディベートが活用できる場はじつはそれほどないということです。なぜなら、日本の社会は議論をただ議論としてだけで捉えて吟味するのではなく、そのときどきの状況込みで捉える。つまり感情的なものを切り離しにくい傾向があるからです。
社会における人間関係は、そのほとんどが先々も継続していかなくてはいけないものです。いくら個人の人格を損ねる意図ではないといっても、ビジネスの相手や上司に対してディベート的な対論を仕掛け、相手を徹底的に言い負かしてしまうようなことはやはりできません。
私情をはさまないことがディベートの理想とはいえ、そこは人間のやること、感情の振幅を完全に切り離すのはなかなか難しい。少なくとも日本では対決姿勢で相手と対峙するようなかたちは、現実的とは言えないのです。 実際に社会で必要なのは、違和感を覚えたり共感を得たりを繰り返しつつ、粘り強くコミュニケーションを続ける力です。
ディベート的な訓練をしたことのある人は、思考の枝葉をあちこちに張りめぐらせることができます。その強みを活かして、ディベートもできれば、相手と一緒に気づいていこうというクリエイティブ系の対話もできるようにする。社会で求められているのはそういう柔軟な対話力なのです。(p162~164)』■週刊東洋経済 2015/1/17号
「知の技法 出世の作法」 佐藤優
【第375回】信頼できる評論家が池上彰氏である理由
『ところで、一見、対話に似ているが、それとまったく異なるのがディベート(対論)だ。最近の大学や企業研修ではディベート能力が重視されているが、筆者はディベートの基本を理解せずにその技法だけを訓練することは危険だと思う。ディベートは、中世の騎士が行っていた決闘を言論の世界において行うことだ。決闘で負けた場合、死を覚悟しなくてはならない。
中世神学のディベートでも、負けた者は勤務している大学や修道院から追放される。これでもまだましなほうで、学界から追放される、あるいは教会から破門されて森の中をさまよい歩いて野垂れ死にする可能性も十分あった。ディベートの場合、テーマもルールもあらかじめ設定されている。審判員がいて、どちらの論者が優勢であるかをルールブックに基づいて判断する。そこには、開かれた心で新たな真理を見いだしていこうという気構えはない。』