2015.5.4.(日)
ひろ☆たかさわのディベートちょっといい話
第102回 「組織の不祥事の責任問題」(2015年5月4日)
ひろ☆たかさわの ディベートちょっといい話 第102回
こんばんわ
帰省のかえりの電車や車の混雑を気にしながら
みなさま連休を楽しんでいるかしら?
こういうと、「仕事でそれどころじゃない」っていうひとたちに、おこられちゃうわね!!
ここのところ
いろいろな不祥事の責任問題について
報道されているわ。
ふたつの病院に対して
特定機能病院の承認を取り消す決定がくだされた。
結局、病院自体が責任をとったのね。
事件は重大だし遺族の方の苦しみは計り知れない。
でも、まじめに働いてる他の医師や、患者には
何の罪もない。
衆議院議員の小渕優子氏の資金管理団体の虚偽記載問題で
ふたりの元秘書が在宅起訴されたが、
小渕議員本人は不起訴処分になった。
「責任は感じるが、知らなかった」という。
NHKの捏造問題。
2014年5月の「クローズアップ現代」で過剰演出があったとして
関係者に停職などの懲戒処分がくだった。
籾井会長など役員は報酬を自主返納するとした。
いずれも、政治、病院、報道という
社会にとって重要な位置づけ。
しかも、個人ではなく組織の問題ね。
この処分が妥当かどうかはここでは論じないわ。
この「責任」という考え方が
あたしたちの行動にどう影響するのかって・・・・
経営組織論では
「結果責任」と「遂行責任」というように分けている。
トップは結果責任を負うが、
それを担う担当者にも遂行責任がある。
だから、トップは正しい経営判断をし、
正しい方向性を導くことが求められ、
それうけて下位のものは与えられたミッションを責任を持って遂行する
そのなかで、
与えられたことをただやるのではなく、
どうしたらよいものができるだろうと創意工夫をしたり、
現場で判断して決定し行動する。
どんな商品を売ればよいのかとか、どういう順番でお客さんをまわるのか
いちいち全部承認をもらってるわけではないし、
でもなにか重大なミスをすれば責任をとれないこともわかって行動する。
その権限をどこまで与えるかもトップやライン長の考え方次第だ。
どこまでリスクを負えるのか?どこまでひとに任せられるのか?
やるほうも、どこまで生産的な思考でものを考え
どこまでが自分の判断で、これをこえたら上司に報告相談するという
基準を持っていなくてはならない。
そうやって、個人も組織も成長する。
これは、大きなコミュニケーションのひとつね。
調べ、考え、聴いて、伝えて、理解して、
そして決断して行動遂行して。
でてきた結果がどうなるのかを予測コントロールしながら、
なにかを産み出していかなくてはならないわ。
うえの三つの事例でも
ひとの命や国民の税金を扱うひとたちが
本当に個人として正しい倫理観で行動してるのか?
という疑問もわいてくるけど、
組織としての在り方にも、一石を投じる。
管理体制の面はもちろん
「知らなかった」と平気でいえるトップでいいのか?
たとえ本当に知らなかったとしてもよ。
そして、会社の将来を見て、
世の中の激動をみて、
管理職や社員ひとりひとりの能力や適正、生活や性格をみて、
正しい判断をくだせているのか?
なにかに挑戦するには必ず伴うリスクと
どうむきあっていくのか?
そんなことが共有できている組織って強いんじゃないかしら?
それでは また
BY ひろ☆たかさわ