論題
ネオディベート・ブートキャンプ 第2シーズン
第3回講義(2013年10月6日開催) B面第一試合
「日本は出生前診断による中絶を認めるべき」
講評:高橋 智之
肯定側: ディベーターHI / ディベーターYT
否定側: ディベーターMN / ディベーターKA
【試合結果】:否定側勝利
肯定側 0票 vs 否定側 2票
■<肯定側立論/ディベーターYT>
肯定側 YT のオーディエンスに呼び掛けるようなプレゼンで開幕。
すごいパトス(人間の感情・心理、伝え方)を感じる。
丁寧な現状分析に基づき、
日本社会に横たわる不公正な問題にフォーカスをあてた立論でスタート。
哲学)日本の社会基盤の公正化
プラン)母体保護法の第14条に下記条項を追記
「出生前診断における遺伝子異常等を理由とした人工中絶する権利」
M1)母の幸福追求権を守る
M2) 現実と乖離した法律運用の解消
M1については、障害者の家庭をサポートする体制が不十分であるという現状分析を踏まえ、
産んだ後の母親の負担を回避する選択権を合法化することで、母の幸福追求権が守られると説明。
全国の障害者施設17のうち、20歳以上もダウン症のケアを行っているのは8施設だけであるというデータを引用し、
障害者(ダウン症)のケア体制の不十分さを論証。
M2については、現実的には経済的理由と偽り、障害(ダウン症など)と診断された場合に中絶が行われていると説明。
法制化することで合法的に人工中絶できるようになると主張。
時間不足のため、どの程度の非合法な中絶が行われているのか等の言及は行えず。
「なぜ、法制化しなければならないのか?」という理由が明確に示されていない点で主張が弱い。
いいかえれば、以下のポイントに対して明確に答えていない点で、プラン導入の説得力に欠けてしまった。
・優生保護法を改正して母体保護法が成立した経緯
・「胎児条項」が排除されてきた日本における生命倫理観
論の出来とは別の部分で言及するとすれば、
肯定側 YT のパトス(人間の感情・心理、伝え方)への挑戦であろう。
大勢の観客に訴えることを意識したプレゼンテーションは素晴らしいものであった。
アイコンタクトの重要性、言葉の張り、表情の豊かさ、
肯定側 YT が一日の長がある得意分野といえる。
目・声・表情とくれば、後は”手”を使うしかない。
ジェスチャーを駆使することで、より大きい説得力を身につけることができるので、
次回ディベートでは是非、トライしてもらいたい。
■<否定側尋問/ディベーターKA>
対する否定側 KAによる尋問。
まずは、肯定側M1を前提から切り崩しにかかる。
「もし、出産後のサポート体制が十分であれば(出産しても)問題ないのか?」
という否定側の尋問により、肯定側 YT に「問題ない」と認めさせる。
また、肯定側の立場として「障害者を差別するものではない」ことも確認。
否定側 KA の話し方は、テンポが一定で、抑揚が少ない為、落ち着いて聞こえる一方、迫力不足は否めない。
尋問ではもっともっとテンションやテンポを上げて、
リズミカルに尋問を重ねるスタイルを模索してもらいたい。
この点は次回ディベートに向けての継続課題と捉えてもらいたい。
■<否定側立論/ディベーターMN>
否定側立論は、優生思想は認められるべきではないという立場で対峙。
哲学)障害者・健常者ともに安心・共存できる社会
D1)優生思想・障害差別による不安
D2) 医療技術の衰退
D3) 誤った診断による堕胎増加
D1に関しては、出生前診断による中絶は優生思想であり、人々を不安にさせるものと主張。
実際に禁止されたドイツを例に挙げる。
さらに、「障害者の90%は後天的な障害」という内閣府のデータを引用し、
障害は健常者にとっても他人事ではない点を指摘。
優生思想・障害差別は障害者・健常者の区別なく人々を不安にさせるものとした論理展開は秀逸であった。
D2に関しては、イギリスを例に挙げて安易に中絶してしまうと医療技術の発展には繋がらないと論証。
ただし、インパクトとしては不明。どの程度の技術力ダウンに繋がるのか? 定量的なデータが欲しいところ。
D3に関しては、早計な判断で中絶する夫婦が多いことを理由に論証。
岡山大のデータ「羊水検査を待たず、新しい出生前診断の結果だけで5.7%が中絶を決断」を引用。
肯定側立論と比較して、問題の分析が的確に行われており、
立論パートが終わった時点では、否定側が先手を奪う形となった。
一点指摘をさせてもらうと、聞き手に訴える力が弱いという点。
パトス(人間の感情・心理、伝え方)に関して、
声の高低、メリハリ(常に一本調子)を意識する必要があろう。
■<肯定側尋問/ディベーターHI>
立論での劣勢をなんとか巻き返したい肯定側 HI による気合の反対尋問。
肯定側M2の立証とともに、理由を偽った中絶が行われている現実を突きつけ、否定側の論理矛盾を引き出す。
時間不足で立証不十分であったM2の現状分析を、
肯定側に「ダウン症の胎児を経済的な理由と偽って中絶させているのが実態」と認めさせることで補強。
更に、否定側 HI の迫力あふれる尋問に窮して、
肯定側 MN は理由を偽った中絶が行われている現実を容認してしまう!
優生思想・障害差別に反対する否定側哲学が一気に危うい状況に。
『論理の一貫性』が揺らいだ瞬間であった。
さらに、「母には人権がある」が「胎児には人権はない」ことを認めさせてM1を補強。
肯定側尋問としては十分過ぎるポイントを上げることに成功した。
肯定側反駁でどのように逆転につなげていけるか?に注目が集まる。
■<否定側反駁/ディベーターKA>
肯定側尋問により、『論理の一貫性』を崩されかけた否定側だったが、
否定側 KA は極めて冷静だった。
否定側尋問で引き出したM1の前提を崩しにかかり、
「出産後のサポートはあるから問題は発生しない」と反駁。
M1反)障害者(家族)への保障はある。
例として、東京都の愛の手帳(月額5万円)など。
また、肯定側プランに対する不備を2点指摘。
守られるべき胎児の命が失われると主張。
不備1)診断方法の技術が古い
不備2)カウンセリングがない
■<肯定側反駁/ディベーターHI>
強固な否定側ネガティブ・ブロックによって、切り崩されたM1を立て直せるか?
肯定側尋問で自ら引き出した否定側の失言に深く切り込みたいところ。
しかし、M1の補強は「22週前の胎児に人権はない」、「母の幸せは憲法で保証」と、
立論での主張の繰り返しで立て直しには苦しい。
M2に補強については、「医師に違法な中絶をさせている現実は問題である」と主張したが、
どの程度の「非合法な中絶」が行われているのか、インパクトが不明。
否定側の失言に切り込めば、大挽回もあっただけにチャンスを逸した形だ。
■<否定側最終弁論/ディベーターMN>
否定側 MN が落ち着いてダメ押しの最終弁論。
歴史的経緯を含めて、生命の選別を認める法律は許さないと改めて主張。
カウンセリングによりダウン症への理解を深めることで、
出産を決意する人が大幅に増えたカリフォルニアの例を挙げて、
障害差別の無い社会と理解不足による安易な堕胎への懸念を表明。
最後に、日本の障害者対策は遅れていると締めくくった。
■<肯定側最終弁論/ディベーターYT>
「人権の無い胎児は母の体の一部であり、中絶は母の権利」と部分補強をするが、
立論の延長であって比較考量として不十分。ポイントをあげることはできなかった。
最終弁論では、相手の論と比較の上、自説の優位性を訴える必要がある。
コンパクトに比較考量することができるよう、
争点ごとに、肯定・否定の材料をまとめておくと良いだろう。
■<総括および判定>
否定側ネガティブ・ブロックで強固な論陣を張り、勝負を決めた否定側の勝利。
もし、肯定側立論で以下の点が明確であれば、否定側も苦戦必至であった。
・M1「母の幸せ(人権)」とは何か? 法制化の必要性(効果)
・M2「法の運用(現実直視)」について問題の深刻性
また、肯定側は、肯定側尋問の部分で、
否定側の矛盾点=「非合法な中絶が行われている現実の容認」を引き出しており、
それを突破口に、否定側の理想論を突き崩すチャンスもあっただけに残念な結果。