講評

講評

論題

BM D-1 GrandPrix Ⅱ 予選2試合
「東京都は、都立病院改革マスタープランを実施すべし」

講評:奥山真

肯定側:ディベーターJ
否定側:井上晋
【試合結果】:否定側勝利
ジャッジ総数 15名
肯定側 36.23(0票) 否定側 56.59P(15票)

■<概   略>
都立病院改革マスタープラン(以降、MPとする)が良質な行政的医療を提供し、都民の満足と安心、そして同時に費用対効果も実現するとする肯定側に対し、「行政的医療=社会保障」と定義づける否定側が真っ向勝負を挑んだ戦いとなった。肯定側、期待の新人スーことディベーターJが、最近迫力を増してきたベテラン井上にどこまで食い下がれるか、注目の 一戦が始まった。

■<肯定側立論>
◇哲学・理念:『MPは良質な行政的医療を推進する』
◇定義:『良質』とは
 ┣①都民のニーズを満足し、安心を提供する
 ┗②費用対効果を満足する
◇プラン(1点)
 ┗①MPの導入
◇メリット(3点)
 ┣①(都民にとって)利便性および安全性の向上(以下、M1)
 ┣②(都立病院にとって)採算性向上(以下、M2)
 ┗③(東京都にとって)都の財政負担減少(以下、M3)

ディベート初級者ではありながら、理念の一部にあるあいまいな「良質」という言葉の定義からスタートした肯定側立論、立論を苦労しながら作り上げた過程が目に浮かぶようだ、後の展開が期待できる。肯定側立論は、「理念⇒定義⇒プラン⇒メリット」というオーソドックスながら、観客には非常に分かりやすい構成をとった。M1に関しては、現状の問題点として以下の2点を挙げた。

◇M1の問題点(2点)
①3時間待ち3分診療(大病院に患者が集中し、患者に不便をかけている)
②マンパワーが分散(都立病院の人的リソースが分散配置されていて、
専門性がうまく生かせず、かつ不採算を生んでいる)

その上で、MPの骨子である、プライマリケアの民間への委譲、都立病院の新しい役割分担(2~3次医療に特化)、24時間365日サポート体制の構築が、上記2点の問題を解決するとメリット発生過程を丁寧に説明した。
M2に関しては、外来診療など1次医療はクリニックなどの小規模医療機関が担い、入院や手術などの2~3次医療を都立病院が担うことで、都立病院の採算性が向上すると説明。M3に関しては、M2から派生する追加メリット。都立病院の採算向上により、東京都が補填している財政負担が減るというもの。M3はむしろM2の重要性という位置付けが適当である。
いずれにせよ、M1およびM2、そしてM2から派生するM3の全てに関しては、肯定側が立証責任を負った形で試合はスタートした。

■<否定側尋問>
否定側井上の厳しい尋問が光った。まず「良質」の定義自体の確認から入る。いわく「費用対効果は何が基準となっていますか?」、肯定側ディベーターJは思わず声に詰まる。肯定側が基準を持ってないことを暗に示唆したやり取りとなった。さらに、M1とM2の発生過程が同一である点を指摘し、立論以降でまとめて潰しにかかろうとする方針の様子。また、M3に関しては、東京都予算金額が4兆円にも上る為、都立病院の赤字額400~500億円はわずか1%のインパクトしかない点を指摘、立論以降でM3の重要性を否定する戦略を取る。

■<否定側立論>
◇哲学・理念:『行政的医療は社会保障である』

◇定義:『都立病院の役割』として
 ┣①地域医療の提供
 ┣②低所得者に対する医療サポート
 ┗③不採算医療の補完

◇デメリット(3点)
 ┣①医療の質が悪化(以下、D1とする)
 ┣②潜在的な不健康者が拡大(以下、D2とする)
 ┗③長期的な医療崩壊につながる(以下、D3とする)

まず、行政的医療が一種の社会保障であるという哲学を最上段から振り下ろす。これが井上がいつも捜し求めている「ひとしずくの大切なメッセージ」にあたるものであろう。「国民の生存権、国の社会保障的義務」を明記した憲法第25条を哲学の裏打ちに使った点は秀逸。かなりの迫力である。
まずは肯定側立論を受ける形でスタート。M1の問題点①に関しては、現状で発生している「3時間待ち3分問題」の解決メカニズムが不十分である点を指摘。より質の高い、高次な病院を都民が選択する志向性に変化はないとした上で、MPが前提としている「クリニックなどで初診⇒都立病院を紹介」という流れでは、紹介料として2000円かかる点を強調し、経済的インセンティブにおいても、M1が発生するとは限らないという立場をとった。
また、問題点②に感しては、都立病院が点在している方が救急という観点からは良いとし、MPが謳う「集中」が持つデメリットの側面を照らした。
M2に関しては、M1と発生過程がかぶるということで割愛。
M3に関しては、社会保障へのコストとして1%はそれほど大きくないとの立場を取る。

続いて、D1に関しては、都立病院でしか行われていない「チーム診療」という仕組みが縮小することによる「質の低下」を訴えるも、スポット的な例を引いただけであり、立証としては弱いと判断。D2の発生過程として、「医療保険制度改革」によるサラリーマン3割負担を類推の例に挙げた。コスト負担増加がちょっとした病気を我慢する温床となる点を指摘。深刻性はともかく適切な類推と判断。D3に関しては、「崩壊」という言葉を安易に使っており、発生過程も時間切れであった為に発生せずと判断した。
デメリットの立証や深刻性の証明が弱い点が気になるが、強い哲学が肯定側主張をガッチリとブロックしており、まずは互角の立ち上がりと言える。

■<肯定側尋問>
肯定側ディベーターJだが、尋問の量・質ともに不足。また唯一のインタラクティブなパートにも関わらず、覇気のなさが、自信のなさに映ってしまい、効果的な尋問とはならなかった。

■<否定第一反駁~肯定第一反駁>
否定側はM1の問題点②に対する反証を追加する。東京ERの実行可能性を、医療従事者の不足という観点から証拠資料を引用し、うまく反証に成功。また、D2のフォローとして、サラリーマン負担が3割に引き上げられた際、全体の通院者が増加している中、サラリーマンの通院者が減少している効果的な証拠資料を引用した。ベテランらしい憎い引用である。さらに反駁の最後に「良質=費用対効果」という定義への攻撃として、「医療」が労働集約型産業である為、「効率」が相反するものと主張。人手を削るMPの内容は、医療の質の低下を招き、社会保障という観点で許容できないという哲学に収束させた。

否定側尋問⇒否定側立論⇒否定側第一反駁、と一連の猛攻の後の肯定側第一反駁、ここは気迫を持って返したいところ。しかし、肯定側ディベーターJに覇気がない。元々のキャラなのか、それとも自信を喪失しているのか、オーディエンスやジャッジと目を併せない、伏目がちなゼンテーションとなってしまう。反駁の内容自体は否定側を受けた形となっていたが、
試合的には大勢が決まってしまった印象を与えてしまった感がある。

D1に関しては、「集約化によるメリット」に関して論証して反論。D2に関しては有効な反証はなかった。M1に関しては、厚生労働省が診療報酬制度のコントロールを行っており、それが大病院が診療から入院へと経営方針をシフトするインセンティブとして機能することで補強した。

■<否定最終弁論~肯定最終弁論>
否定側最終弁論では、否定側哲学「行政的医療=社会保障」に立ち戻り、都立病院への経営補填額(東京都予算の1%)は切り捨ててはいけない部分である点を強調、さらに現状の都立病院のパフォーマンスが良いという証拠資料を効果的に印象づけ、MPの必要性およびM1とM2の共通の発生過程の部分を完全に叩き潰した。そして、「選択と集中」によるアクセス性悪化という部分での「医療の質低下」を主張し、否定側優位を印象づけた。

スパークが必要な肯定側最終弁論だったが、ディベーターJのプレゼンテーションは第一反駁と同様、覇気のないものに終始。「都の財政悪化」を理由にMPの必要性を訴えるも、これは完全にニューアーギュメント。D1とD2を潰し切ることができず、またM1とM2に対するフォローも効いていなかった。

■<判定と総括>
肯定側メリットを守りきれず、またMPの必要性も全く主張できなかった。
一方、D1とD2を最後まで残し、強力な哲学を貫いた否定側の完全勝利となった。

自信溢れる肯定側井上のキャリアが際立った試合だった。否定側ディベーターJはディベートにおけるパトスとエトスの重要性を再考し、次回以降の試合に臨んでもらいたい。しかしながら、新人ながら最後まであきらめずに戦いぬいた姿勢は高い評価に値する。次回の試合での成長が大いに期待できる一戦だった。

使えるディベートセミナー

企業研修カフェテリアプラン提案!

PAGE TOP